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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神呼びの歌姫

作者: 由瓜

誰だ、世の中年功序列なんか言ったのは。


「シュレイア様。昨日はお誕生日だったそうで…22歳でしたっけ?へえ」


 そう言って笑うのは、最近軍属になった歌姫だ。

たしか、名前は―――ウェ、ウェリ…忘れた。

「シュレイア様、そろそろ退役したらどうです?22歳の歌姫なんて、どこの世界にも居ませんよ」

くすくすと笑うそいつの、取り巻きもこちらを見て苦笑している。

「昔の栄光にすがりつくなんて、情けない真似そろそろおやめになってはいかがですか?」

そんな言葉を、15,6の子どもに吐かれて、馬鹿にされてさ。それでも。

「退役ねえ…それが出来たら苦労はしないさ」

「は?」

ひらひらと手を振って、じゃあねと呟く。

全く嫌味に堪えないこちらの反応に、背中から舌打ちが聞こえた。



 ―――歌姫。

それは、空気を震わせ、音を介して空間を操る能力を持つものの総称。

姫、などと言われているが性別は問わない。

歌姫は音を自在に操るから、高音から低音まで男も女も関係なく歌う。

そんな彼らは、一億人に一人といわれる出生率で、その能力が発現した人間は漏れなく国の管轄に置かれ、最終的には軍属となる。

軍属となった彼らは、戦場の後方から前線へ歌を届ける。

彼らの能力は空間把握。

士気の向上、戦力の向上、相手方の指揮系統の混乱。

全てを歌で操る。だから歌姫は重宝される。

たった一人いるかいないかで、大きな差が出るのだから。

今は、星間戦争の真っ只中で。どこの星も歌姫を欲している。優秀な歌姫を。

歌姫を互いに戦場に持ち出すとなれば、歌姫の能力の差によって戦況は変わってしまう。

通常、歌姫は15~18歳の少年少女であるのだが。

シュレイア・ベルゲングリューンは11歳のときに歌姫として戦場に出てから、既に10年以上が経ってしまった。

それでも、軍から解放されることはない。

なぜならば、彼が未だ歌姫としての能力を持っていることもそうだが、神呼びの歌姫として全世界に有名な人物であるからだ。



 シュレイアは皮肉を言われたその足で濃茶の高級なカーペットが敷かれた廊下を歩き、ある扉の前で立ち止まった。

そのまま、物凄い笑顔を浮かべて、ブーツのつま先で思い切り扉を蹴った。

「テオ!居るのは分かってるんだ、開けろ」

シュレイアが大声で喚くと同時に、ピピピと扉から音が聞こえてロックが解除された。

「…シュレイア。ここは官僚層だぞ。少しは歌姫らしく大人しくできないのか」

呆れたような声が、室内から聞こえる。

「何が歌姫らしく、だ。馬鹿らしい」

軍属になった頃、傾国の少年、と言われた顔を顰めながら、シュレイアはずかずかと室内に踏み込む。

「これはこれは。姫君におかれましては、余程機嫌がよろしくないとみえる」

「馬鹿にしてんのか、こら」

「君をないがしろにするとでも?」

目を細めて笑いながら、事務机に頬をつく男―――テオドール・エーベルハルトは、シュレイアの直属の上司であり親友でもあった。

「もう俺、22歳なんだけど」

「知っている。昨日、祝いにシャンパンを開けただろう。あれは私の秘蔵の酒だったんだ」

「そりゃあもう、堪能したよ。一杯だけ、な」

そうじゃない、とシュレイアはテオドールの机に思い切り手を突いた。

「歌姫としては最早退陣すべきだろ?こんな年まで歌姫張ってる人間なんていやしないさ。さっきも腹立たしいことに若い男の子にいちゃもんつけられ、た…」

言葉は最後まで音にならなかった。

「誰だ、そいつは」

テオドールが笑みを崩して本気の顔でシュレイアの襟を引っ張ったからだ。

テオドール・エーベルハルト。別名、冷徹な英雄。

先の大戦での活躍からその名を頂いた男は、シュレイアの親友でもあり、妄信者でもあり。

ぎくり、と身体が震える。

テオドールが本気になると、シュレイアは止められない。

この男の本質は、冷徹どころじゃないと知っているのだから。

「おまえを傷つける奴は許さない」

「…っ馬鹿か、俺は小鳥がぴーちくぱーちく囀ろうが、傷つくほど柔くはないんだよ」

ぱしん、と襟元を掴む手を弾いて、シュレイアは服を直す。

「俺も最近は戦場には呼ばれない。必要とされていないってことだろ。俺が軍属でいることの意味はないだろう?ここには俺以外にも3人歌姫がいるんだ。事足りるだろう」

「馬鹿か、という言葉、そっくり返す。あいつら3人合わせたとて、おまえに及ぶべくもない。先の大戦を経験していない輩が何をほざこうが、私はおまえの素晴らしさを知っている。訓練で手を抜いて、軍から離れようとしていることも。あんな数値出していれば、それは戦場に出されるはずもないだろう」

「…」

シュレイアはばつの悪そうな顔をして、なんで、と呟く。

「もう、いい加減外を知りたい。俺一人いなくたって、別にいいだろう?」

「それが本音か」

「…必要とされないって辛いことだって、知らないだろう、テオ」

「私がおまえを必要としていようが、か」

「戦、戦、戦のテオドール中将が平和を愛したい俺を必要としたって、意味がないんじゃないかな。…俺ねえ、小さい頃みたいに、家族と一緒に暮らしてさあ、愛してるって笑いあってさあ、そういう温かい気持ちを持って生きていたいんだよねえ。人を殺すために歌を歌うの、もう嫌なんだよ。そういうので必要とされても、何も嬉しくないんだよ」

子どもの頃は、そのことが分かっていなかったけれどね、と苦笑するシュレイア。

「大戦の真っ最中で、そんな夢見がちなことを言っている馬鹿はここにいるべきじゃないと思うんだ。だから、テオ…」

「私がおまえを愛していると言ってもか」

「…は?」

「だから離さない。私の傍からどこにも行かせやしない」

「な、ななな」

「顔が赤いぞ」

「いきなり何言ってんの、馬鹿か!今までそんなそぶりみせなかったじゃないかー!」

「周知の事実だが、な。何のためにおまえ、面倒くさい責任の付きまとう職に就いていると思っているんだ」

「な、何のため、って…ふわ!?」

机についていた手を握りしめられて、シュレイアは咄嗟にその手を払おうとして、それがあまりに強い力で振り払うことも出来ず。どぎまぎとしたままその手の熱を否応もなく感じさせられた。

「純情なテオドール少年が、18歳のときに出会った11歳の少年に一目惚れしたからにきまっているだろうが。おまえを守りたいから。誰の命令の下にも置きたくないから、おまえの直属の上司になるまで血反吐を吐くような努力をしたに決まっているだろう」

「い、今更何言って…俺、今22歳だぞ!?そんな昔のこと…」

「昔とかそんなことはどうでもいい。おまえが11歳だったときから、今まで、今も、おまえを愛している。そのために手に入れた地位だ。捨てるわけにいかない。傍に居ろ、シュレイア」

「…あわわわ」

心の準備がないまま、突然の怒涛の愛の告白に腰砕けになったシュレイアは、勘弁してくれ、と呟いた。

「シュレイア、私を選べ。私がおまえに全てをみせてやるから」

「な、んつーことを言うんだ、恥ずかしくないのかよ…」

「恥など。そんな一銭にもならんことを気にしてどうなる。明日は久しぶりの前線指揮だからな」

え、とその言葉にシュレイアは顔を上げた。

「対アバラン戦だ。生きて帰れるか分からん。だから今言う。おまえを愛している」

「ば、かか。今、俺に傍にいろって…!」

「おまえが傍に居るならば、俺は生きて帰れる。そうだろう?神呼びの歌姫殿」

「…明日、俺に歌えというのか」

「おまえが、俺を愛してくれるならば」

じ、と視線が絡み合う、まるで火花が散りそうなくらいに、濃密に。

一瞬の無言。言葉を煮詰めた結果何も出てこないようなそんな雰囲気の中、シュレイアは笑った。

「…負けた」

首を振る。

握ったままの手。

更にその上に、手を重ねる。

「負けたよ、テオドール」





 激戦区。後方、音響空間と呼ばれる歌姫専用の機械に、年若い歌姫が座っている。

泣きそうな顔。初陣だ、それも仕方が無い。だが、生き死にを遣り取りするその場には相応しくない表情。

「どいてくれないか、君」

シュレイアが声を掛ける。

泣きそうだった少年は、きっとシュレイアを睨みつける。

「ば、馬鹿にするな!僕は、初陣だからといって、持ち場を捨てるような真似など…!」

昨日、シュレイアを馬鹿にした気概があるだけはある。だが。

「若輩者が、なっちゃいないんだよ、歌が」

シュレイアは、よいしょ、と少年の両脇に手を差し込んで彼をその場から連れ出す。

「な、何をする!訓練の結果では僕の方があんたなんかよりも…」

じたばたと暴れる少年を、シュレイアはおざなりに宥める。

「あんな眠くなるような訓練で本気だしているようじゃまだまだ。いいからお子様はそこで見ていな。歌ってのは、こう歌うんだ。この俺が実地で教えてやるんだ、耳かっぽじってよぉく聞いてな」

そう言って音響空間に座ったシュレイアは、小さく何事かを呟く。その聞きなれない言葉に、傍にいた年若い歌姫は困惑の表情を浮かべる。

「ああ、シュレイアが本気になってくれたか」

ざり、と砂を踏みしめる音が聞こえ、少年は振り返った。

左肩に輝く軍功の証。その数を見て、少年は身体をこわばらせた。

「っ、大将閣下」

「ウェリントン君、だったかな。シュレイアを良く見ていてごらんよ。彼が至高と言われたわけを、私たちが常勝軍と言われた意味が分かるから」

にこやかに、まるで戦場にそぐわない笑みを浮かべる老紳士に、でも、と呟く。

「最早彼は、歌姫としては高齢で…」

「シュレイアに年齢など関係ない。怠けることが好きなだけで、彼は多分、歌の神に愛されているから。さっき不思議な言葉を呟いただろう。あれは、彼のいわば呪文のようなものだ」

「呪文?」

「自分のリミットをはずすため、といえば分かりやすいが。見ているこちらとしては、まるでシャーマンの神呼びをみているかのような神聖な気持ちにさせられる。見てごらん」

ウェリントンがシュレイアを見たとき。

シュレイアは、既に歌い始めていた。

小さく、小さく、空気を練るように。

シュレイアの指が、つい、と前線を指す。

その瞬間に、心が揺さぶられるような、音量。

光の筋が、シュレイアを取り巻く。糸のように。幾重にも重なって。まるで天使の羽のように。

響き渡る、その神の声。これが、至高の歌姫の空間把握。

願う、願う、わが軍の勝利を。誰一人傷つかず、生きて帰って。願いが、実現するように。


 シュレイアの脳裏に、してやったりと笑うテオドールの顔が浮かぶ。

あいつの思うとおりになってしまったのは癪だけれども。

こうしてまた、本気で歌を歌っていることに自分でも驚くけれど。

それもまあ、あの男が生きて帰ってくるためであるならば。自分の力がそれを可能にするならば。

それならば、歌ってやろう。

響け、響け、テオドール、おまえまで。


 おまえが俺を愛しているというならば、おまえの気持ちが尽きるまで、歌い続けよう。



                                                     end.

短編として作ったせいか、深く掘り下げなかった作品。

また彼らが活躍するような場面が思い浮かんだら書いてみたいと思います。

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