第92話・わたしと幸恵
いよいよわたし達のトリップデーがやって来た。
今回はりんり~ずのメンバーも普段着でやってくるはずだった。
ところでわたし達の方はといえば、麻美が急用で実家に戻らなければならなくなったらしく今回はNGになってしまっていた。
なのでわたし1人で彼女達を待つ事になった。
しばらくすると、いつもの夜の公園に幸恵が歩いてやって来た。
「幸恵さん、1人なんですか?」とわたし。
「そういえばあなたもじゃない。」と応える幸恵。
「すみません!麻美が急に実家に帰ることになっちゃって・・。」とわたし。
「そうだったの、わたしの方もなんだけどォ・・。」
「あの子達、今回どうしても外せない用事が入ってしまったの。」
「悪いわねェ、彼女らもまだ若いからやりたい事がいろいろあるみたい。」
と申し訳なさそうに話す幸恵だった。
この間はあんなに大暴れして盛り上がっていたのに。
❝もう他の事に興味が移ってしまったなんて・・❞ とちょっとガッカリのわたし。
「ガッカリさせちゃってごめんなさい。」
「でも、あの子達のことだから、また声を掛ければいつでも来るわよ。」
「だって、まだ町をぶっ壊す快感を味わってないんだから。」
「今回はたまたまコンサートのチケットが手に入ったらしくて、それでそっち優先、みたいな感じなのよ。」と幸恵。
まあ彼女達の大暴れする姿なんてまたいつでも見られるから、今回は幸恵と2人でのトリップでも構わないと思った。
それはそうと今回の幸恵のスタイルは実に美しかった。
スラリとした体にピッタリとフィットしたスキニージーンズ。
履き込んですっかりいい色合いになっている。
そして9cm丈のピンヒールの黒光りしたロングブーツを履いていた。
トップスは薄いピンク地にストライプの入ったブラウスで裾を出した状態でジャケットを着ている。
アウターは紺系のソフトストレッチデニムのジャケットで手には純白の本皮製のロンググローブをはめていた。
紺地のジャケットにこの白い手袋が鮮やかに映えていた。
「ど~お?この格好。」
「ちょっと地味だったかしら?」と幸恵。
「もの凄くイケてますよ!」
「幸恵さんて何でも似合うんですね。」と思わず見とれてしまうわたしだった。
「アラ、ありがとう!」
「この手袋、銀座で買っちゃった。」
「結構いい値段したんだからァ。」と幸恵。
「いいんですか?そんなお洒落な服装で・・。」とちょっと心配になってしまうわたしだった。
「いいのよ、こういうおシャレな格好で街破壊なんて結構快感かもよ。」
と薄ら笑いを浮かべる幸恵だった。
それに引き換えわたしったら、りんり~ずの大暴れ組の単なる一員だと思っていたから、いつもの擦り切れ寸前のネイビーブルーのジーパンにダークブラウンのロングブーツ、それに濃い赤系のチェック柄のシャツにアイボリーのロング手袋をはめていた。
「こんな汚い格好ですけど・・。」とお洒落な幸恵に気後れするわたし。
「律子さんの一番のお気に入りの格好でしょ。」
「あなたもスタイルいいんだから何着ても似合うわよ。」と幸恵が笑顔で応えてくれた。
「ありがとうございます。それじゃあ行きますか!」といつもの手鏡を取り出すわたし。
呪文を唱えて扉を呼び出すと中に入って10年前の大都市をイメージした。
次の扉を開けると足元はいきなり大きな交差点だった。
❝ズシ~ン!❞
まずは第一歩目を地面に刻印するわたし。
わたしに続いて幸恵も降り立った。
❝ズシ~ン!ズシ~ン!❞
今回は10年前だから約33倍の大きさだ。
だからわたし達の身長は54mちょっとだ。
だから車の大きさも15cm位で小人の大きさは5cm位だった。
「この前とサイズが違うみたい・・。」とちょっと戸惑い気味の幸恵。
「そうなんですよ、小人達の表情がよく見えるように少し時代を調節してみたんです。」と応えるわたし。
「そんな事ができるんだ!凄~い!」と感動気味の幸恵だ。
「っていう事は、反対に身長500mとかにもなれるんだ。」と興味津々の幸恵。
「もちろんなれますよ、でも少し古い時代になっちゃいますけどネ。」と応えるわたし。
「そんな大きさであの子達を暴れさせたら大変な事になるわね。」とほくそ笑む幸恵。
「一度わたし達ジーパンレディース3人でやった事があるんですよ。」
「でも何だか踏み応えが無いっていうか、ちょっとむなしい・・みたいな。」と不思議な感覚だったのを思い出す。
「わたしも一度経験してみたいな、そんな大きさって。」とあれこれ想像している様子の幸恵だった。
突然現れた50m級の巨大女性2人に行く手を阻まれた道路上の車は、慌てふためいて追突事故などを起こしている。
「コイツらわたし達にビビッてるみたいよ。」
「なんか、わたしだんだん興奮してきちゃった。」とワクワクルンルンな気分が弾けそうな幸恵がブーツでグリグリと足元の道路を無意識に踏みにじり始めていた。
そして一旦しゃがみ込むと足元で立ち往生していたバスを純白の手袋をはめた手で掴んで立ち上がった。
そしてバスを顔の前まで持ち上げるとニヤついた表情で中を覗き込んだ。
「わたしの可愛い小人ちゃ~ん!」
冷ややかな幸恵の声がバスの車内を恐怖に包み込んでいた。