第73話・巨大な幸恵のいたずら
グリーンの閃光が走る中、わたしは幸恵の手をしっかりと握って扉の方に向かって歩き出した。
「えっ、これって何なの?」と状況が全く呑み込めない幸恵はわたしに引っ張られるがままに扉の中に入ってきた。
そして麻美もやって来て扉を閉めた。
わたしは港のある都市をイメージしながら次の扉をゆっくり開けた。
すると眼下には青い海と大きな港湾都市が広がっていた。
わたし達は港を見下ろす小高い丘の上にやって来ていた。
扉を開いたところはちょうど広い公園の駐車場になっていた。
わたしはゆっくりと扉の外に出た。
そして幸恵の手を引いて彼女も降り立った。
わたし達3人が外に出ると扉はゆっくりと消え去った。
足元には車が数台停まっていたが、人影は見えず駐車場の周りにはレストハウスがあり10cm位の高さの木々が林立していた。
「これって、もしかして夢なの?」と訳も分からず不思議そうな表情の幸恵。
「リアルな夢って感じですかね。」と麻美が応える。
「わたし達って、結構飲んでたからトリップしちゃったのかも・・。」とフォローするわたし。
足元をマジマジと見つめる幸恵、さらに怪訝な顔をしながら言った。
「なんか、わたし達ってェ、大きくなっちゃったんじゃない?」
「そうなんですよォ、わたし達、かなり大きなサイズになってま~す!」と微笑みながら応える麻美。
扉から降り立った瞬間に足が“ズブッ”と沈み込んでいるからすでに巨大化した事は実感できていた。
わたし達の目の前には街が広がり、その先にはたくさんの船や艦船が停泊していた。
一見してミニチュアサイズだと分かるから、ワクワク感が湧き起ってきても不思議ではない。
わたし達の立っている丘も町からはほんの10m位のところだ。
だから、駆け下りていけばあっという間に町にたどり着ける。
手の届きそうな所に住宅やビルがビッシリと建ち並んでいた。
「うわ~、可愛らしい街ね!」
「あっちの方に行ってみましょうよ!」と幸恵が街を見下ろしながら言った。
「ここって、東武ワールドスクエアみたいね。」
「わたし、こういうの大好きなの!」と興奮気味の幸恵。
まだ街で暴れまわるという感覚は無いみたいだが、街中を歩き回りたい気持ちでいっぱいだった。
わたし達はゆっくりと丘を降りて町に向かって歩き出した。
ちょうど丘の上の公園に通じる道路を踏み抜きながら進んでいくわたし達。
「ここって歩くたびに足が沈み込んじゃうのね。」
「なんか、クセになりそうな不思議な感触だわ。」とトリップ初体験の幸恵がつぶやく。
駐車場も道路もわたし達3人の靴跡でボコボコに陥没した状態になっていた。
そんな事はお構いなしに町の入り口までやって来たわたし達。
「わたしが先に行ってもいい?」と幸恵が先頭を歩きたがる。
「どうぞどうぞ、わたし達、幸恵さんの後について行きますから。」と応えるわたし。
町のメインストリートをゆっくりと進んでいく幸恵。
彼女の黒光りしたロングブーツがズブズブと道路を踏み抜きながら靴跡を刻みつけていく。
「なんか、踏み潰しちゃいそう。」と足元の車や路面電車に気をつけながら進む幸恵だった。
すると急に立ち止まって左手に建っているビルの中を覗き込む。
「あらっ、こんな所に小人さん達がいるわ。」と言ってビルの最上階の窓の中を覗き込む彼女。
肩まで伸びた髪の毛はうっすらとブラウンに染められ、ファッションモデルの富岡よし子に似た端正な顔立ちの美しい彼女。
いきなりビルの窓に指を押し付けようとしている。
「幸恵さん!これをはめた方がいいですよ。」と言って里奈子から預かってきた白いエナメル系ロング手袋を手渡すわたし。
「うわっ、オシャレな手袋ね。」と言いながら何の疑いもなく手袋をはめ、ニットセーターの袖を手袋にインする彼女。
その仕草が何とも可愛らしい。
手袋をはめ終わると再びビルの窓に指を押し付ける彼女。
「出ておいで~!」そう言いいながら指に少し力を込めると窓ガラスが簡単に割れた。
❝パリパリッ!❞
「ほらっ、出て来いっつ~のにィ!」とちょっとイライラ気味に無理矢理ビルの窓に指をねじ込む幸恵。
「どうせ夢なんだから、少しくらい壊しちゃってもいいよね?」と言いながら一旦人差し指を引き抜いた。
そして今度は両手の指を突き立てて最上階のフロアの壁に突き刺した。
「えいっ!」
❝ジュブッ!❞
小さな掛け声と共に白い手袋に包まれた幸恵の10本の指がビルの壁と窓を突き破って押し込まれていく。
❝ジュブジュブジュブジュブッ!❞
「ホラホラ~、出ておいでったらァ!」そう言いながら両手をビルの中に強引にねじ込んでいく彼女。
ついには彼女の指先が反対側の外壁を突き破った。
❝ベリベリッ!❞
「ヤダ~!突き抜けちゃったよォ!」と悪戯っぽく笑う彼女。
「あ~、捕まえたぞォ!」そういうと何かを掴んだまま一気に両手を乱暴に引き抜いた。
❝ジュッボ~ン!❞
彼女の両腕がビルの最上階と天井を吹き飛ばした。
「アラッ、ごめんなさいネ~!」
「どれどれ、わたしのカワイイ小人さ~ん。」そう言いながら両手を開くと手の上には瓦礫と数名の小人の死体が載っていた。
「なんだ、死んじゃったんだ~。残念!」と言って手の上のものを投げ捨てると“パンパン”と両手を掃う彼女。
何気ない悪戯心が幸恵を破壊の女神へと変貌させ始めていた。