第59話・酷い事しちゃったわたしなのに・・
台車の上で卓真の帰りを待つ里奈子。
しばらくして彼が足早に戻ってきた。
「お待たせしました。まもなくタンクを搬入しますのでお待ちください。」と落ち着いた口調の彼。
程なく格納庫の扉が開いて円筒形のタンクを載せたトレーラーがやってきた。
警備兵が慌しく走り回っている。
フタの付いたタンクを格納庫の隅に設置すると周りを天幕で覆い始めた。
里奈子にとっては用を足すだけなのだが、巨人用のトイレの設置は大変だ。
考えてみれば散々暴れまくって大勢殺した里奈子の為に、一生懸命トイレの準備をする彼らを見てかなり気まずい心境の彼女だった。
「すみません!あんな事したわたしのために・・。」とか細い声でつぶやく里奈子。
「気にしないでください。」
「では、アームを外しますので約束は守って下さいね。」
卓真が念を押すように言うと警備兵達が台車に上がってアームのロックを解除し始めた。
拘束が解けて立ち上がる里奈子。
「ありがとうございます!」
「じゃあ、ちょっと失礼します。」
そういってゆっくりと天幕を張った方に歩き出す。
もはや暴れだす雰囲気は全く感じられなかった。
里奈子にしてみればここで暴れても逃げる当ても無かたったし、いつまでここに滞在するのかも分からないからトイレを我慢するのも嫌だったのだ。
天幕の中に入ると直径30cm位のタンクが設置してあった。
なんだか幼児用のおまるのようだったが彼らのサイズからしてみれば直径役5mもあるタンクだからかなり大きい代物だ。
早速ジーパンを下ろして小用を足す彼女。
よく見れば片隅に丸いフタのようなものもあった。
急いで用を足すとタンクにそのフタをして台車の方に戻る彼女。
「ありがとう!助かりました。」と卓真に礼を言う。
そして台車に腰を下ろして彼のことを見つめた。
「落ち着きましたか?それじゃあ、少し話しませんか。」と彼。
「ここってドイツなんですよねェ?」
「今ってどんな時代なんですか?」と里奈子の方から質問してみた。
すると彼は第2次大戦でドイツがヨーロッパ全土を制圧した事、その後ドイツ第三帝国を中心とした東側の国家社会主義圏と、アメリカを中心とした西側の資本主義圏に大きく分かれている事などを説明してくれた。
どうやらこの世界の日本は西側に入っているらしい。
「今は戦争はやってないんですか?」と尋ねる里奈子。
「もう60年以上も戦争は起こってませんよ。」
「日本はアメリカに降伏した後、西側諸国に入りましたが、ドイツとは敵対関係という訳ではありません。」
「でもアメリカからの挑発によるテロ活動は時々あります。」
「だから軍事力を強化した状態が続いているんですよ。」と続ける彼。
歴史の事には疎い彼女だったが、このトリップに参加し始めた頃に律子からナチスドイツは悪党だということを散々吹き込まれていた。
「わたし、先輩からナチスドイツは悪党だって聞いていたんです、だから・・。」と彼女。
「そうですよね、私もかつてナチスがユダヤ人など多くの人を虐殺したという歴史は知っています。」
「でもそれはもう過去の事です。ヒトラー総統は大戦後にあっけなく病死、その後強制収容所も無くなりました。」
「60年前とは体制も随分と変わりましたよ。」と付け加える彼だった。
「そうなんですか、わたし悪い事しちゃったみたい・・。」とうなだれる彼女。
「もう終わった事ですよ。それはそうと里奈子さんの時代ってどんな風なんですか?」と尋ねる彼。
すると里奈子は大戦後の大まかな世界情勢と今の日本の事などを詳しく話した。
それを聞いた卓真は興味津々の様子だった。
少し前のめり気味に里奈子の足元で彼女の話に夢中になって聞き入る。
「と言う事は、私達がいる世界とは全く違うんですね。」
「でもアメリカが幅を利かせているのはあなたの世界でも同じって事なんですね。」と言ってにっこりと微笑んだ。
そんなやり取りをしていたら、今まで何度もトリップして巨大な体で町を破壊し、都市を壊滅状態にしてきた事なんてとても言い出せなかった。
だからトリップは今回が初めてという事にして話す事にした。
里奈子にとってはもはや彼に悪く思われたくないという感情が支配していた。
トリップの話になると更に興味を示す彼。
「そうすると、その律子さんという女性が不思議な力を持っているんですね?」そう彼が聞き返した瞬間だった、ものすごい爆音が外から聞こえてきた。
「どうしたんだろう!」と怪訝そうな顔をして出口に走り出す彼。
里奈子も彼の後を追うように歩き出した。
出入り口から外の様子を確認した彼が里奈子の足元にやって来てこう叫んだ。
「あなたのお友達がやってきたようです。」
「えっ?」と驚いて格納庫の扉を少し開けて外を除き見る彼女。
すると少し離れた滑走路の方で律子と麻美が暴れているのが見えた。
駐機しているヘリコプター群を踏み潰したり蹴り飛ばしたり破壊の限りを尽くしている。
そんな彼女達に向かって空軍基地の守備隊が応戦の準備をしていた。
予想だにしなかった劇的な状況の変化に扉を閉めてしゃがみ込んでしまう里奈子。
「元の世界に戻れるチャンスですよ!」と卓真が叫ぶ。
その優しい言葉を聞いて立ち上がる彼女。
「わたしが2人を止めてきます!」
そう叫ぶと里奈子は格納庫の扉を開けて彼女達に向かって走り出した。