第273話・「えっ、ここは?」
「律子さん、」(由美)
「わたしの事、疑ってます?」
やはりとっくに気づいていた彼女。
わたしは言葉に詰まってしまった。
「やっぱりそうですよね。」(由美)
「わたしがマスターになって、」
「世界を支配したら、」
「なんて、あるかも・・。」
わたしの表情がどんどん不安げになっていくのが自分でもわかった。
「そんなに不安そうな顔、しないで下さいよ。」(由美)
「わたしの事、信じてるから、」
「黙ってわたしに託すんですよね?」
「レオン君を助けなきゃって。」
わたしは静かにうなずいた。
「あなたを疑ってるわけじゃないのよ。」(わたし)
「でも、魔力って本当に凄いから。」
「あなたもわたし達の世界で暴れた経験があるから、」
「分かるわよね?」
「それは、・・」(由美)
「そうですけど。」
「あの時の事は、どうしようもなかったし・・。」
「その事には触れないで頂けると、」
「助かります。」
「正直ね、あなたって。」(わたし)
「いいわ、わかった。」
「あなたに全て任せる!」
そう言ってわたしはポケットから姉鏡を取り出して彼女に手渡した。
そして正確な日時と場所を彼女に伝えた。
そんなに昔じゃないから、サイズもほぼ等身大のままトリップできるはず。
そして由美は鏡の呪文を唱えた。
「あっ、扉が現れたわ。」(由美)
わたしには何も見えなかった。
こっちの世界の由美にだけ見えているのだろう。
だからわたしがわたしの世界の過去にトリップするのはそもそも不可能なんだと改めて実感した。
扉が出てきたので手鏡をわたしに渡すとそのまま一歩踏み出す彼女。
わたしが半信半疑な表情でいると、由美は察したのか。
「律子さんには、見えないんですねきっと。」(由美)
「それじゃあ、行ってきます!」
そう言い残すと彼女は見えない階段でも上るように空中に消えていった。
とても不思議な光景だった。
彼女を見送ったわたしは2つの鏡を握り締めたままその場に立ち尽くしていた。
すると、わたしの目の前にあの見慣れた扉が突然現れた。
辺りはとても美しいエメラルドグリーンの光に覆われている。
周りを見渡すとまるで時間が止まったかのように人々が固まってる。
わたしは躊躇なくその扉のノブを握って開けた。
中に入るといつもの薄暗い部屋になっていて、反対側にもう1つの扉があった。
いつものトリップと何ら変わりないのだけれど。
なんだかいつもと違う雰囲気だった。
わたしが扉の中に入ると周囲の空気感が一変し、徐々に白い光に覆われ始めた。
街全体が光に包まれていて建物や人々の輪郭が段々とぼやけ始めた。
まるで全てが消滅するように・・。
「えっ、何が起こっているのかしら?」(わたし)
「どうなっちゃうの?」
何かが爆発して破壊されるという事もなく、ただただ静かにその世界そのものが消滅していくのをはっきりと感じた。
わたしは少し恐くなってゆっくりと扉を閉めた。
そして反対側の扉を開けた。
「あらっ、ここは?」(わたし)
扉から地面に降り立つと、さっきと同じ場所に戻っていた。
でもわたしと律代が暴れる前の平穏な状態のベルリンだった。
もちろん周囲にいた総統夫妻やリナや衛兵達も居なかった。
「律子さん!」(女性)
いきなり背後から声を掛けられて一瞬こわばってしまったわたし。
振り向くと由美が立っていた。
にっこりとわたしに向かって微笑んでいる。
そして手鏡を差し出してきた。
「あっ、そうか、」(わたし)
「じゃあ、わたしのは?」
わたしが握り締めていたはずの鏡の1つ、そう姉鏡が既に消滅していた事に今気が付いた。
「わたし、ちゃんと約束守ったでしょ?」(由美)
「約束通り、これ、」
「ですよね。」
わたしは彼女から姉鏡を受け取った。
「ありがとう、由美ちゃん!」(わたし)
「本当に助かったわ。」
「それにしてもここは?」
「ですよね、」(由美)
「わたしも驚きました。」
「わたしはあっちの世界で鏡を手に入れて1時間ぶらぶらしてました。」
「そしたら、あの扉が現れて、」
「ここに戻ってきたら律子さんが居たんですよ。」
そうか、由美が過去に介入してくれたお陰で全てがリセットされたのだ。
わたしが鏡を使って最初にトリップしたのはしばらく先の事だから、
今は平和なゲルマニア帝国の首都にいるのだった。
「あっちではちょっと大変だったんですよ。」(由美)
「律子さんの指定の日時と場所には行けたんですけど、」
「わたし手ぶらだったし、」
「露天商もすぐに見つけて、」
「この手鏡は一番奥の方にひっそりと置かれてました。」
「でもわたし、現地の通貨も持ってなかったし・・。」
「え~、ホント、ごめんなさい!」(わたし)
「わたし、何も考えてなかったかも。」
「ってか、それでどうしたの?」
「相手が露天商なんで買うっていうよりも、」(由美)
「物々交換かなって、思いました。」
「露天商ってどんな人だった?」(わたし)
確かエキゾチックな顔をした30代くらいの美人だったはず。
「中近東系の凄い美人さんでしたよ。」(由美)
「言葉は通じなかったんですけど、」
「手鏡を指差して、それから・・」
「わたしの祖母からもらった古いネックレスを差し出したんです。」
「そしたら、にっこり笑って手鏡を渡してくれました。」
「その後は、のんびり市場内を散歩してたかなァ。」
「ホントにありがとね。」(わたし)
彼女には感謝の気持ちでいっぱいだった。
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