第272話・リセットするには・・
わたしの体の中はジンジンしていた。
憎い相手をこの手で惨殺してやったという気持ちとレオンを救えなかったという悔恨。
わたしはハッとして傍らの夫妻に目をやった。
我が子の亡骸を抱き締めたままその場でうずくまるエヴァ夫人とそんな彼女の背中をさすり続ける夫。
わたしには掛ける言葉が無かった。
気づけば、わたし達の周囲にはリナが連れてきた国防軍の護衛兵達でいっぱいだった。
元帥の部下と取り巻きの将校達は衛兵によって拘束されていた。
必死になって冷静さを取り戻そうとするわたし。
“落ち着け、わたし!”
黒幕の国家元帥はたった今わたしが葬ってやった。
彼の一派も捕らえられ、リナとエルンストも兄妹愛を取り戻した。
でも後味は最悪で、たった1人の子供を死なせた責任は重かった。
“何とかしなくちゃ・・。”
そう思ってはみたものの、すぐに打開策が思いつかない。
このまま律代を連れてこの世界を去るのが最善かもしれない。
あとはエルンストとリナに任せれば・・。
そう思った瞬間、律代の事が気になった。
またテレパシーで交信してみる。
「律代ちゃん、今どこなの?」(わたし)
「あっ、律子さん?」(律代)
「いま、ちょうどイイところなんですよ。」
「細々した家々を手当たり次第に踏み荒らしてま~す。」
「なんか、とっても踏みごたえが快感かも。」
「あ~あ、まだまだ暴れ足りないなァ。」
「ナニやってんのよ!」(わたし)
「民間施設を襲っちゃダメって言ったじゃない!」
「いったい何人殺したと思ってんのよ?」
「あ~、ウザッ!」(律代)
「好きなようにィ、」
「やらせろよ!」
思いがけずいきなり乱暴な口調に変わった事にショックを受けるわたし。
返す言葉が見つからないわたしと彼女。
少し間を置いて・・。
「とにかく、わたし、」(律代)
「もうあなたのいう事なんか聞きませんから。」
「わたし、もっと暴れたいのよォ。」
「この世界なんてどうでもいいし・・。」
「わたしには関係ないし・・。」
「さ~て、次はどれを踏んでやろうかなあ?」
「コイツだ!」
“ズブ~ン!”
何かを踏み潰す音と振動までもがわたしの脳内に伝わって来た。
もう手がつけられない巨大JKの律代。
その時わたしはある事を思いついた。
あの瞬間に戻れれば・・。
でもそれが可能なのか?
わたし達は鏡の魔力によってパラレルワールドのこの世界に来ることができる。
でもわたし達の世界の過去に戻る事はできるんだろうか?
わたしはすぐに鏡を取り出してあの瞬間を思い浮かべて念じてみる。
そして呪文を唱えた。
でも何の反応も起きなかった。
“やっぱりダメか。”
あの瞬間とは・・。
わたしが28歳だった時に訪れたマケドニアの首都スコピエのガラクタ市での事だ。
日付はハッキリと覚えている。
わたしの誕生日の6月25日。
あの日に自分用にと市場の露天商で買ったこのアンティークな鏡。
それが全ての始まりだったから。
その4年後にこちらの世界にトリップすることに。
そして後は、成り行き任せの巨大化ライフだった。
思えば随分たくさんの街を破壊し、大勢の人を踏み殺してきた。
わたしがこの鏡を手に入れる前日の6月24日にあの市場に行ってこの鏡をゲットできれば・・。
「全てがリセットされるかもしれないわ。」(わたし)
そうすればたった今亡くなったレオンも元の状態に戻るはず。
この子を救うにはそうするしかない。
でもどうやって・・。
その時だった、聞き覚えのある声がしてきた。
「律子さん!」(由美)
「由美ちゃん!」(わたし)
「わたし、さっき着いたんです。」(由美)
「事情は今聞きました。」
「大変でしたね。」
「そうなの。」(わたし)
「わたしのせいで、」
「レオン君を死なせちゃって・・。」
「律子さんのせいじゃないってエルンストから聞きましたけど。」(由美)
「そうかもしれないけど、」(わたし)
「でもわたしはあの子を死なせたくなかった。」
「それで由美ちゃん。」
「あなたに重大な事を頼みたいんだけど。」
わたしは一か八か彼女に賭けるしかないと思った。
確かに一抹の不安がよぎる。
一度巨大化を経験してわたし達の世界で大暴れした彼女だ。
いつ心変わりするとも限らない。
彼女にあの鏡を取ってきてもらう。
もうそれしか方法は思い当たらなかった。
「えっ、どんな事ですか?」(由美)
「そんなに重大な事なんですか?」
「それをわたしに?」
わたしは彼女にさっき思いついたわたしの計画を話して聞かせた。
すると彼女はあっさりと答えた。
「いいですよ。」(由美)
「わたしで良ければ行って来ますよ。」
「トリップは経験済みですし。」
「えっ、ホントにいいの?」(わたし)
わたしはそれ以上言葉を続けなかった。
彼女が過去に戻ってあの姉鏡を手に入れて心変わりしたら。
由美がわたしに代わってマスターになるのかもしれない。
そんな不安が沸き上がって来るのを抑えなければ。
絶対に顔に出さないようにしなくちゃ。
でも彼女はとても頭が良いから、既に気づいているのかも。
さあ、どうする。
でもやるしかない。
そう決心してポケットから鏡を取り出すわたしだった。
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