第253話・わたしの口臭は?
“ガッチャン!”
律代がいきなり残った3両の内の1両の客車を鷲掴みにして握り締めている。
「ねえ、律子さんの息って、どんなニオイなんですかね?」(律代)
「ちょっと嗅がせて下さいよ。」
「え~、マジィ?」(わたし)
「ヤバいってばァ。」
「それじゃあ、ちょっとだけだからね。」
「はァ~。」
わたしは向かい合った律代の鼻先に少しだけ息を吹き掛けた。
「ウッ!」(律代)
いきなり手で鼻を覆う彼女。
この世界ではわたし達の顔の位置は地上140m以上だから空気が澄んでいてことさら臭いが鮮明になるらしい。
「えっ?ナニ?」(わたし)
「そんなに臭かった?」
と恥ずかしそうにつぶやくわたし。
「すみませ~ん!」((律代)
「ついむせちゃいそうになっちゃって・・。」
「わたし、人の息を直接嗅ぐのって初めてかも。」
「なんか律子さんの口のニオイって、」
「納豆みたいな・・。」
「ヤバいかも・・。」
「エ~!マジで~?」(わたし)
「わたし納豆なんて食べてないし。」
「ってか、むしろ嫌いだし。」
「え~、なんでナットウなの?」
「ヤバいじゃん、それってぇ。」
「てか、納豆みたいなニオイに唾のニオイが少し混ざったような。」(律代)
「アラサー女性の口臭ってこんな感じなんですねぇ。」
「そうだよ、だから言ったじゃん。」(わたし)
「わたし達みたいな、苦労しているアラサー女はさァ。」
「口臭も結構キツイんだから。」
「でもわたし、今朝はちゃんと歯も磨いたし、」
「体調はイイ感じなんだけどなァ。」
わたしはそんなに臭いものかと自分の手を口の前にかざして息を何度も吐き掛けてみる。
確かに何とも臭いニオイがわたしの鼻を衝く。
自分の口臭ってよく分からないものだけど、やっぱり臭いのだ。
「それじゃあ、その息をここに吹き掛けて下さいよ。」(律代)
「ほらァ。」
そう言うと右手に掴んだ客車をわたしの口元に差し出す彼女。
わたしはその客車を受け取ると左右の端を両手でちょこんと抑えて中を覗き見る。
確かに客車内にはぎっしりと若いドイツ兵どもが100名以上居て、皆わたしの顔を不安げな表情で見つめている。
「それじゃあ、いくわよォ。」(わたし)
「せ~の、」
「ハァ~~!」
思いっきり吸い込んだ空気をゆっくりと客車の窓に向かって吐き掛けるわたし。
「ダメじゃん。」(わたし)
「ちゃんと窓を開けなさいよ。」
わたしは全ての窓が閉まっている事に気付き、指で小突きながら窓を開けるように催促した。
仕方なく窓を全開にする中の兵士達。
もう彼らはわたしがやろうとしている事もよく理解していたし、その後のわたしの反応も予測できているはずだ。
おかしなリアクションをすればわたしの怒りを買って殺されると思っているのだろう。
なんだか、そう思うと哀れだし面白半分にイジメているわたし達が悪党に思えてきた。
準備が整ったのでもう一度深呼吸するわたし。
「今度はちゃんと味わいなさいよねぇ。」(わたし)
「せ~の、」
「ハァ~~!」
「ハァ~~!」
わたしの口から放出される生温かい女子息。
標的になっている客車に跳ね返って悪臭がわたしの鼻を刺激する。
確かに納豆のようなつ~んとした強烈な臭いを感じた。
次の瞬間、わたしの刺激された鼻が耐えられなくなり込み上げてきた。
「へっ、へっ、ヘックショ~ン!」(わたし)
わたしは大量の唾しぶきを飛ばしながらやってしまった。
目の前の客車はわたしの口から飛び出した高速飛沫の女子唾でベトベトになっている。
間髪を入れずに追加で息を吐き掛けるわたし。
「ハァ~~!」
「ハァ~~!」
「ハァ~~!」
わたしの息で唾飛沫はみるみる内に乾ききって悪臭になっていく。
わたしのツバ息と乾いたツバのニオイが混ざっていくのを感じた。
中の兵士達はハンカチで鼻を覆ったり、手で顔を抑えたりしながら顔を背けている。
そんな彼らを見ているとイライラするというよりはなんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいになってきた。
それでも口臭責めを止めないわたし。
「ハァ~~!」
「ハァ~~!」
今度はムキになって舐め回すように息を吐き掛け回す。
更に右手で客車の天井を剥ぎ取ってやった。
“パリパリパリッ!”
天井が無くなった車内は丸見えで超巨大なわたしの顔が彼らを睨みつけている。
少し怒ったような表情だったのかもしれない。
彼らの誰もが次の瞬間、皆殺しにされると思った事だろう。
でもわたしはそうはしなかった。
散々わたしの臭い女子息と乾いた唾でイジメてあげた彼らを少し哀れに思って、ゆっくりと地面に降ろしてあげた。
すると、
“グシュッ!”
“ジュリ、ジュリッ!”
律代がワクマスで踏み潰してからニジり回した。
100名の兵士諸共に粉々に踏みしだかれていく。
「こいつ等、助けてあげるつもりだったんですか?」(律代)
「ダメですよ。」
「わたし達のSMぶりを吹聴されちゃいますってば。」
「証拠と証人は隠滅しなくちゃ。」
可哀想に女子高生のゴム長靴の餌食になった若いドイツ兵達。
残った2両の兵士達はそんなわたし達の蛮行を目の当たりにして恐ろしさのあまり身動きすらできないでいるようだった。
「さあ、残りの奴らどうします?」(律代)
彼女の悪意に満ちた表情が更なる恐怖を醸し出していた。
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