第241話・わたし達の世界を?
「ツバ責めの他にはどんなワザがあるんですか?」(律代)
イキイキとした表情でわたしの話に聞き入る彼女。
もはや先程までの破壊の限りを尽くしてきた罪悪感は吹っ切れてしまったようだった。
やっぱりそこは16歳のまだまだ子供。
大勢の人を殺めた罪の重さを実感できる歳ではないのだ。
「そうねえ、ツバ息責めとか、」(わたし)
「えっへへ、何ですかそれ?」(律代)
「なんか、面白そうかも。」
「こうやってね、」(わたし)
「左手の人差し指と親指でナチスの兵士を摘まみ上げて、」
「右手の指先で男の頭をチョコンと弾くのよ。」
「そしたらさ、メットが吹っ飛んでェ、」
「死にそうな顔した若い男がわたしを見てるの。」
「だからわたし、」
「ゴム手袋はめた右手の指先をたっぷりと唾で湿らせてェ、」
「そいつの顔に塗りたくってやったのよ。」
「うわァ、かわいそう~!」(律代)
「なんかマジでヤバそうかもォ。」
「そんでさァ、ふぅ~っと、」(わたし)
「優しく息を吹き掛けてやるのよ。」
「そしたら、わたしのツバが一瞬で乾いてェ、」
「めっちゃ、臭くなるぅ~、・・みたい。」
「わたしのツバ、いい匂いでしょ?」
「・・みたいな。」
「これを何度も繰り返してやるのよ。」
「えェ~、マジで楽しそう。」(律代)
「わたしもやってみたいかもォ。」
「それで、その人どうなっちゃったんです?」
「どうだったっけ?」(わたし)
「あっ、そうだ、」
「最後は唇から直接ツバの塊を垂らしてェ、」
「溺れちゃったのかも。」
「うふふっ。」
「律子さんのツバで溺死ですか?」(律代)
「アッハッハ、マジでヤバ~い!」
「えっ、律子さん、」
「罪悪感って無かったんですか?」
「そんなものある訳ないでしょ。」(わたし)
「あの頃はいくら殺しても何にも感じなくなってたわ。」
「ほらっ、次!・・みたいな。」
「最初の頃は、わたしのせいで一般の人達が殺された事で、」
「こっちに戻って来て泣いた事もあったわ。」
「もちろん、殺した奴らはひねり潰してやったけど。」
「あなたには、そんな思いはさせたくないわ。」
「でもわたし、役に立てるかもって思ってます。」(律代)
「そんな凄い力があったら、」
「暴力だけじゃなくて、」
「平和な世界を実現できるんじゃないかって、」
「思ってます!」
確かに彼女の言う通り、この絶大な力は使い方によっては平和維持に寄与できるのかもしれない。
わたし達がその気になれば、戦争なんて起こらない世界を作る事も夢ではないはずだ。
でもそれはあっちの世界であってこちらの世界ではない。
こっちの世界ではわたし達は単なるアラサー女と女子高生なのだから。
でもこの子と話していたら、わたしもだんだんその気になってきていた。
「確かに、暴力は仕方ないかもしれませんよね。」(律代)
「いう事きかなければ、」
「踏み潰せばいいだけですしィ。」
「無敵のわたし達ですもんね。」
「えェ~、いつからわたし達になったのよ?」(わたし)
「ちょっとやめてよねェ。」
「いいじゃないですか、」(律代)
「わたし達、もう経験済みなんだし。」
「わたしだってさっき、」
「正義の戦いを始めたばかりですしィ。」
ああ、もうすっかりヒロイン気分に浸っているこの子。
引きずり込むというよりは、自分から入り込んでくるっていう感じである。
「でも悲惨な現場を経験するとさ、」(わたし)
「そのォ、なんていうか、」
「阿鼻叫喚の世界?」
「・・・みたいな。」
「わたし達が暴れた後ですか?」(律代)
「でも正義の為なら、多少の犠牲は仕方ないかもって、」
「わたしは思いますけど。」
「そうでもないのよ。」(わたし)
「町で暴れるって事は、」
「巻き添えになってたくさんの人が死ぬって事なの。」
「一々足元なんて気にしていられないのよ。」
「だってわたし達、身長が160m以上あるんだから。」
「それ考えたら、ヤバいですよね。」(律代)
「でもわたし、」
「やっぱりまた不思議体験したいんですよ。」
「今度はやたらと暴れたりしませんから。」
「連れていってくれないんですか?」
「わたしの事。」
だんだん遊び気分になってきた彼女。
どこかで歯止めを掛けなければと感じた。
向こうの世界を正す為の任務。
リナ・フィッシャーとの約束もあるし。
先生に相談した方がいいと思うし。
「とにかく、少し時間をちょうだい。」(わたし)
「気持ちは分かるけど。」
「わたしもあの頃はそうだったから。」
「でも次のトリップは10日後だから、」
「ええ、そんな変なルールがあるんですか?」(律代)
「マジかよ・・。」(小声で)
「それじゃあ、仕方ないですね。」
「わたし待ちます。」
「でも10日後ですよね?」
「約束ですよ。」
「わたしを連れてくって、」
「忘れないでくださいよね!」
彼女と無理矢理約束させられてしまった。
とにかくわたし達の世界を築く前に先生に連絡しなければ。
そう思いながら彼女とはその場で一旦別れる事にした。
「ホントに約束ですよ!」(律代)
そう言いながら出て行った彼女。
わたしよりも10数センチもでっかい彼女。
若いし顔も可愛いし。
確かに、何か惹かれる素養は持っていた。
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