第237話・意外な展開が・・!
「あっ、あれって・・。」(律代)
「わたし達、戻れるってこと?」
「たぶん、そうよ!」(わたし)
「ほらっ、さっさと行くわよ。」
わたしはぼ~っと立ち尽くしていた彼女を手招きした。
巨大な2本の黒ずんだ白いゴム長靴の周囲には踏み砕かれた瓦礫や鉄屑が無数に散乱していた。
そして彼女の足で踏み固められた地面はゴム長靴のソールの跡で埋め尽くされていた。
“ズシン!”
“ズシン!”
“ズシン!”
わたしの方にやって来た彼女の手を取ってわたしは扉を開けた。
考えてみれば、このトリップでわたしは全く暴れなかった。
というか、破壊行為は歩いた道路を踏み抜いたくらいだった。
こんな事は初めてだったのかもしれない。
“わたしも随分変わったな・・。”
そんな風に思いながら2人で扉の中から下界を見渡した。
「随分メチャメチャになっちゃってますよね。」(律代)
「これって、」
「全部わたし?」
「え~、わたしがやっちゃったんですぅ?」
「わたしって、マジ凄くないですか?」
「町も軍隊もわたし1人でなんて・・。」
「わたしは全然やってないからね。」(わたし)
「あなたが暴れるのを見てただけよ。」
「律子さん、よく我慢できましたよね。」(律代)
「わたし、無理でしたぁ!」
「もう体が勝手に動いちゃって、」
「気づいたら、暴れてました。」
「気持ちイイっていうか、」
「体が熱くなっちゃうっていうか、」
「踏み潰す度に、」
「体中がじんじんしちゃうっていうか、」
「も~、マジでヤバ過ぎっ、・・みたいな。」
興奮気味にしゃべり続ける彼女。
次の扉を開けるといつもの作業場だった。
わたし達が扉から出ると、そのまま音もなくす~っと消えた。
「今の、何だったんですかね?」(律代)
「なんか、もの凄くリアルなんですけど。」
「これってぇ、マジで夢?」
「白昼夢?」
「ホント、ヤバすぎ!」
「マジ、ありえないんですけど。」
「わたし、もっと暴れたいかも。」
「めっちゃ、ストレス発散ていうか、」
「気持ち良すぎっていうか、」
「ってか、あの感覚・・?」
「大勢の小人達をこのゴム長で、」
「えっ、わたしが?」
「踏み潰しちゃう?・・みたいな。」
「正直、罪悪感なんて、」
「全然ありません!」
「だって、ありえない世界ですから。」
もう彼女の興奮状態は収まる気配すらない。
口をついて出てくる自らの活躍ぶりを後悔する気持ちは微塵も感じられなかった。
このトリップできっと大勢の人々が犠牲になったんだろうと思うと胸が痛む。
そんな時だった、彼女は不意にジーパンのポケットから手鏡を取り出して自分の顔にかざした。
わたしは一瞬見間違いかと思った。
でもそれはあのエリッシュの妹鏡だった。
“???”
“えっ!”
“なんで?”
心の中で叫ぶわたし。
しばらく口もきけないくらいに衝撃的な展開だった。
「律子さん!」(律代)
「聞いてます?」
「わたしの話。」
「ちょっとォ、嫌だなあ。」
「わたしの大活躍の話ですよォ。」
「えっ、どうしました?」
「何か、ヘンですか?」
「あなた、その鏡・・。」(わたし)
「どうしたの?」
「それって、いつから持ってるの?」
とにかく知りたかった。
そして聞き出したかった。
「いつって、ついこの間ですけど。」(律代)
日付を聞いて更に驚いた。
ちょうどリリアが消滅した翌日だったからである。
「え~、どこで手に入れたの、それ?」(わたし)
「どこって、そういえば・・。」(律代)
「あっ、そうだ、」
「下北の露天商だったかも。」
「あのォ、よくいるじゃないですか。」
「道端に布を広げてアクセサリーとか売ってる人。」
「そういうのだったと思います。」
「え~っと、確か600円だったかしら。」
「どんな人だった?」(わたし)
「その売り子さん。」
「そうそう、かなり綺麗な外国人の女性でしたよ。」(律代)
「ブロンドヘアでエメラルドグリーンのとっても綺麗な瞳をしてました。」
「最初は買うつもりなんて無かったんですけど、」
「その人があまりにも目立ってたから、」
「つい彼女の方に引き寄せられたっていうか・・。」
「気づいたらこの手鏡を手に取ってました。」
「結構気に入ってるんですよわたし。」
古めかしいデザインの手鏡。
でも確かにリリアが持っていたものと同じだと思った。
「ちょっと見せてくれる、それ。」(わたし)
「いいですよ。」(律代)
「どうぞ、はい。」
手に取った瞬間に体中に電気が走ったような鋭い感覚を覚えた。
「どうしたんですか?」(律代)
「大丈夫ですか?」
「平気平気。」(わたし)
「大丈夫、」
「ちょっと立ち眩みしただけだから。」
気を取り直して鏡の裏面を見てみる。
“あったわ!”
“確かにこれは妹鏡のエリッシュ!”
そのキリル文字の呪文を右手の指で優しく撫でてみる。
“手に入ったんだわ!”
わたしは一瞬でこの手鏡の魔力に引き寄せられて陶酔してしまっていた。
「律子さん!」(律代)
「どうしたんですか?」
「ちょっと、大丈夫ですか?」
そんな状態のわたしを包み込むように抱き締めようとする彼女。
エリッシュを握り締め、わたしは律代に抱き締められたまま崩れ落ちそうな状態になっていた。
それは甘美な世界への扉を開けた瞬間だったのかもしれない。
そしてわたしは確信した。
“2つの鏡を合わせるっていうのは、こういう事だったんだ!”と。
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