第235話・ちょっとイタズラしただけなのに?
「ちょっと、何やってんのよ!」(わたし)
「ダメじゃない!」
思わず彼女をたしなめるわたし。
ここ最近のいくつもの残虐な場面が頭をよぎると、面白がっているこの子を本気で叱り付けていた。
ところが・・。
「え~?律子さん!」(律代)
「何で、そんなに怒ってるんですか?」
「これって夢なのに?」
わたしに対して反感を抱くというよりはかなり戸惑っている様子の彼女。
わたしの怒りが全く理解できていないらしい。
確かにそれもそのはずで、この子に真実を隠して全く説明もしないままだからそれは当然だった。
これは単なる白昼夢だと本気で信じているのだから罪悪感はゼロなのである。
先ほどのすまなそうな表情や仕草は単なるフェイク、というよりはそんな優しい巨大娘を演じていたのかもしれない。
「確かにそうね・・。」(わたし)
「ごめんなさい、怒ったりして。」
「わたし、どうかしてたんだわ。」
ハッと我に返って取り繕うわたし。
この子に真実を話してこの行為を止めさせるか、それともはぐらかしたまま破壊行為を続けさせるか。
そうなるとわたしも一緒になってやらないと何かヘンだ。
「この世界のモノって、結構壊れやすいっていうかぁ、」(律代)
「わたし達が、単にでか過ぎなだけかも?」
「えいっ!」
“ジュヴォッ!”
そう言いながら、上層階をメチャクチャにした正面のビルのエントランスをゴム長のつま先で蹴り付けた。
「うわっ、ヤバ~い!」(律代)
「突き刺さっちゃった、」
「わたしのワクマス。」
「ちょっとゴメンね。」
いきなりどす黒く汚れた巨大なゴム長靴のトゥーが粉塵と共にエントランスロビーに現れて慌てる中の人々。
粉々に割れたガラス片と土埃で彼女の右足周辺は騒然となっていて、中から大勢の人々が我先にと突っ込まれた彼女の右足の左右からワラワラと出てきた。
「あらっ、ビックリしちゃった?」(律代)
「ホント、ごめんなさい!」
“ジュルジュルッ!”
“ジュルジュルジュルッ!”
いきなり律代は右足を左右に滑らせて逃げ出してきた人々をゴム長ソールで巻き込んだ。
数十名の人々がキャラメル色の靴底部分で磨り潰された。
「律子さん、おもしろ~い!」(律代)
「わたしのワクマスが暴れてま~す!」
彼女の靴底や地面にへばり付いている大勢の人々の遺体をよ~く見ると、大半は制服を着た軍人だった。
どうやら彼女は無意識の内に軍関係の建物を襲っていたのだ。
わたしの中では民間人じゃなくて本当に良かったという気持ちになっていた。
軍人だから殺してもいいという訳ではないけれど。
でも罪もない女性や子供が面白半分に殺されるのを見たくはない。
でもこのちょっとした破壊行為の標的が軍の関係施設という事は、すでに近隣の駐屯部隊に連絡が伝わっている。
“ヤバいなこれは、もうすぐナチスの部隊と遭遇するわ。”
そう確信してスマホを見ると60分経過まであと10分程になっていた。
「律子さん、あの音なんですかね?」(律代)
爆音のようなけたたましい音がだんだんと近づいて来る。
辺りを見渡すと黒い物体が3機こちらに向かって来るのが見えた。
ドイツ空軍のヘリ部隊だと思った。
近くの駐留軍の基地から攻撃用ヘリが出動して来たのだ。
“これはひと悶着起こりそう。”
と思った瞬間だった。
「え~い!」(律代)
“ブッシャ~ン!”
“パラパラパラパラ!”
身の危険を感じたのか、半壊した先ほどのビルの壊れた上層階の部分を両手で剥ぎ取るとヘリ部隊に向かって思いっきり投げ付けた彼女。
周辺には無数の瓦礫片が降り注ぎ、1機のヘリに当たったのか火を噴いて墜落し始めていた。
他の2機は散開して難を逃れていた。
「やったね~!」(律代)
「一匹やっつけてやったわぁ!」
地上部隊と遭遇する前から大暴れ状態の彼女。
怒って暴れ出したという訳ではなく、ただ単にヘラヘラしながら面白半分に遊んでいるだけという風だった。
撃墜を免れた2機は高高度に上昇して退避してしまった。
「あれって、もしかして・・。」(律代)
「わたし達を攻撃しに来たんですかね?」
その問いにわたしは無言で人差し指を彼女に向けた。
「えっ?」(律代)
「わたしですか?」
「ちょっとイタズラしただけなのに?」
どうやら悪い事をしたとは思っていないらしい。
既に100名以上の人を殺してしまった彼女。
まだ16歳で経験値も少ないから自分のやっている事をよく理解していないらしい。
今のところ、この街の損害は軍関係のビルが1棟半壊状態になり、墜落したヘリによって小ぶりな雑居ビルが1棟全壊し、メインの道路がグチャグチャに陥没している状態だった。
死傷者の数は恐らく200~300名近くだろう。
これだけの損害を与えればもう十分である。
そう思っていたら、メインストリートを20m位向こうの方から軍の車列と思われる一団がこちらに向かって来るのが見えた。
目を凝らしてみると、先頭にサイドカーや小型のジープに装甲車、その後方にはタイガー戦車が20両ほど連なっている。
また別の通りにはトラックに牽引された10両ほどの高射砲部隊がいる。
そのことにまだ気づいていない律代だった。
次回の更新は9月1日(0:00)になります。