第231話・さあ、どうするわたし達!
ガソリンスタンドの火災を踏み消した彼女。
再び手の平の小人の遺体をちらりと見ると摘まんで無造作に投げ捨てた。
「何すんのよ!」(わたし)
思わず叫んでしまうわたし。
「だって、これ夢ですよね?」(律代)
「じゃあわたし達、何でもあり?」
「・・みたいな。」
「それもそうね・・。」(わたし)
「夢だしね。」
「ちょっとリアルだけど・・。」
若い彼女の切り替えの早さに感服せざる負えないわたし。
「だいたいこんなにちっこい人間なんて、」(律代)
「いる訳ないですよ。」
「あ~あ、マジでヤバ過ぎだわ。」
「この世界。」
そう言いながら踏み潰したドライブインの残骸をつま先で突つき回し始める彼女。
まだ無傷だった電信柱や街灯にゴム長のソールを押し付けてへし折ろうとしている。
そして彼女の巨大なワークマスターのかかとのすぐ横にはもう1台の車が残されていた。
その車をじっと見つめる彼女。
「これも踏んじゃおうかな。」(律代)
「どうせ誰も乗ってないみたいだし。」
そう言いながらゴム長のヒールを車のルーフに押し付ける。
「せ~の、」(律代)
「エイッ!」
“グシュッ!”
油汚れでどす黒く変色したあめ色の巨大なヒールが、白いセダンをグシャリと押し潰した。
「きゃっ!」(律代)
「やったね!」
まるで勝ち誇ったように笑顔が弾ける彼女。
もう戸惑いや恐怖心は微塵もなくなり、この不思議体験を楽しんでいるようだった。
たった今車を踏み潰した右足をゆっくりと上げて戦果を確認する彼女。
U字型のゴム長ソールの跡が 潰れた車のルーフに刻印されている。
踏み残されたフロントとテール部分だけが僅かに立体的になっていて痛々しい。
「なんかァ、踏みごたえがないみたいなんですけど。」(律代)
「この世界のモノって、マジでやわ過ぎ、」
「みたいな・・。」
「なんか、紙くず踏んづけたみたい。」
「でも、わたしのワクマスちゃんがァ、」
「イイ感じ!」
更にその右足が反対側の電線に軽く接触した。
“ジジッ!”
“パチパチッ!”
「ヤバッ!」(律代)
「今の火花ですよね?」
「ショートしたかも。」
「イタズラもそのくらいにしときなさい。」(わたし)
「夢の世界でも、」
「なんか少しくらい罪悪感ってない?」
「え~?」(律代)
「律子さん、そんな感覚なんです?」
「わたし、そういうのって、」
「全然ありません!」
「なんか、わたし達ってぇ、」
「進撃の巨人?」
「みたいな・・。」
「進撃のわたし達?」
「みたいな・・。」
「えぇ~、何それ?」(わたし)
「進撃のわたし達?」
「進撃のゴム長オンナとか?」
「あっはっはっ!」(律代)
「なんか、ウケる~!」
「ワクマス女とか?」
「ワクマス女じゃ、可愛くないかも。」(わたし)
「ワクマスりんりんシスターズなんてどう?」
「うわぁ、それいいかも!」(律代)
「なんか、イケてるかも。」
とにかく時間を浪費したいわたし。
彼女とのやり取りはホントに適当である。
りんりんシスターズだなんて・・。
「そう言えば、律子さん。」(律代)
「あの向こうの方に見えるのって町ですかね?」
“やっぱり気づいたか、この子。”
目を凝らさなくてもこの道路の先にはナチスの町があるのだ。
そしてわたしはこの好奇心旺盛な16歳の女子高生を連れて、町に行かなければならない状況なのである。
「わたし達、あの町を襲ったりして・・!」(律代)
「なんかますます“進撃のワクマスりんりんシスターズ”ですよね!」
「わたし、行ってみたいかも!」
「あの町に。」
「てか、わたし達って、」
「あの町に行ったら、」
「どうなっちゃうんだろ?」
「怪獣みたいなわたし達でしょ?」
「そうよねぇ。」(わたし)
「この世界の軍隊に攻撃されるかもよ。」
「マジでヤバいかも!」
「え~、それマジですか?」(律代)
「なんか、コワいかも。」
「わたし達、何もしてないのにィ?」
「でもたった今、あなたやっちゃったじゃない?」(わたし)
「その足元のメチャメチャなの。」
「あっ、いっけない!」(律代)
「わたし何も考えないで、」
「やっちゃいました。」
「どうしよう?」
「ごめんなさい、って」
「誰に謝ればいいのかしら?」
「今さら遅いわよ!」(わたし)
「証拠隠滅しちゃいなさいよ。」
「ほらっ、それ。」
「踏みしだいちゃって!」
「わかりました!」(律代)
「それじゃあ、」
「えい、やあ!」
「それ~!」
可愛らしい掛け声とともにワークマスターで踏み潰された瓦礫や車の残骸を更に踏みしだいて粉々にする律代。
巨大なゴム長靴のあめ色のソールが激しく躍動し、土煙を上げながら無数の破片を地面に摺り込んでいく。
もはやここに人工的なモノがあったとは到底思えない程強烈に踏み荒らされていた。
「このくらいでいいですか?」(律代)
「仕方ないわね。」(わたし)
「じゃあ、わたしも。」
そう言ってわたしも彼女が踏み荒らした周囲を踏み固める。
この子があの町に入ってナチスの部隊と対峙したら本当にヤバい。
また大勢の人達を殺さなければならないわたし達。
そんな事を想像しながら、すぐそこに広がる町の方をみたわたし。
律代の口元はせせら笑っているように思えた。
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