第230話・巨大オンナの驚き
「キャッ!」(律代)
目の前のドライブインを車諸共、そして中の人も一緒に踏み潰した彼女。
何かを踏み潰した感触に、思わず黄色い声を上げた。
そして足元に視線を落としてしゃがみ込んでみる。
「なにこれ!なにこれ?」(律代)
「何よ、コレッ?」
「きゃっ、なんなのよ、」
「これっ?」
自分が踏み付けた周囲にはミニチュアの街灯やもう1台の車、それに電信柱があった。
恐ろしく巨大な自分の事がまだ全く理解できていない様子の彼女。
右手で口を押えたまま、言葉を失っている。
「えっ?どうしたの!」(わたし)
「何それっ?」
白々しくとぼけながら彼女の方にゆっくりと近づいていく。
とにかく真実を知らせる必要はない。
真実を教えてしまったら最後、首を突っ込みたいこの子の事だから、
絶対にわたし達の世界に引きずり込んでしまい、不幸になるだけだ、
そう思ったわたしは絶対に本当の事を教えてはいけないと心に決めた。
「これって、何なんですかね?」(律代)
「なんか、ちびっちゃいモノがあります。」
「これって、車?」
「ミニカー?」
そして踏み潰している自分の右足をゆっくりと上げてみる。
たった今、踏んだものが何だったのかを恐る恐る確認する彼女。
「きゃっ!」(律代)
「なんかァ、」
「ぐちゃぐちゃになっちゃってる~!」
彼女の靴跡の中に踏み砕かれた建物の瓦礫とぺしゃんこに潰れた車があった。
「それって、車と建物?」(わたし)
「今、あなたが踏み潰したのって?」
「なんか、そうみたいです。」(律代)
「わたし、踏んづけちゃったみたい。」
「でもなんで、こんなにちっちゃいんだろ?」
「まるでわたしが巨大オンナになっちゃった、みたいな・・。」
そう言うと彼女はぺちゃんこになった車を掴み上げた。
そしてまじまじと凝視している。
「きゃっ!」(律代)
かすかに声を上げると左手で口を覆う彼女。
「ち、血が、・・。」(律代)
「これって、血かも・・。」
わたしも彼女の掴み上げた車を目を細めて見てみる。
すると僅かだが赤い液体が車のドア付近から滴り落ちているのが見えた。
きっと逃げようと車に乗り込んだ瞬間に踏み潰された持ち主だったのだろう。
もはやここまで潰れていると人数や性別、年齢は判別できなかった。
でもこの子はたった今、人を踏み殺したのだった。
でもそんな事が理解できるはずもなく、ただただ見つめ続ける彼女。
「まさかァ!」(わたし)
「血の訳ないでしょ。」
「わたし達、巨大オンナじゃあるまいし。」
「そんなにちっちゃな人間なんて、いる訳ないでしょ。」
「オモチャじゃないの?」
そんな事、あるはずはないと言い聞かせる。
普通に考えればわたしの言っている事は正しい。
ますます頭の中が混乱して真っ白になる16歳の少女。
「でもでも、人みたいなのが中で潰れてる・・、」(律代)
「わたし、踏んじゃったから・・。」
凄くリアルな描写が彼女を罪悪感に駆り立てる。
サイズはわたし達の100分の1だけど、もちろん本物だからリアルなのは当然だ。
勘のいい彼女は視力も抜群だ。
だから自分の右手で掴んでいるモノが本物だと確信しているようだった。
どこかの時点でこれが白昼夢、夢の世界だと切り出した方がよい。
わたしはそう思った。
車をつまんだまましゃがみ込んでしまう彼女。
ショックで再び声を失った。
「気にしない方がいいかもよ。」(わたし)
「これって、夢なんじゃないかしら。」
「わたし達、夢の世界にいるのよ、きっと。」
「でなけりゃ、説明がつかないでしょ?」
落ち込んでいる彼女をなだめるわたし。
この分だと、50m程先に広がる町に行こうだなんて、
言わないのかもしれない。
すると車をゆっくりと優しく地面に下す彼女。
今度は右手の人差し指で破壊された瓦礫をまさぐりだした。
決して乱暴にではなくゆっくりと丁寧に観察しながらである。
「あっ、人だわ、」(律代)
「これって・・。」
彼女の指先に潰れた人間が数体横たわっているのがはっきりと分かった。
今度は両手で瓦礫を慎重に掻き分けながら、遺体をつまんでは足元に置く彼女。
遺体の数は全部で3体だった。
服装から男性2名と女性が1名だと分かった。
そしてその内の1人の男性の遺体をつまみ上げてまじまじと見つめる彼女。
「これ、やっぱりリアルな人みたい。」(律代)
「でもホントにリアルなのかなあ?」
「よくできたミニチュアなのかも・・。」
「だから言ったでしょ。」(わたし)
「これはわたし達が同時に見ている白昼夢なのよ。」
「そんなリアルな小人なんて、いるはずないじゃない。」
「そうでうすよね。」(律代)
「夢ですよね。」
「でもめっちゃリアル!」
つまみ上げた遺体を左手の平にのせて、右手の人差し指で弄ぶように観察を続ける。
すでにショック状態を通り越して好奇心に支配され始めているようだった。
ゆっくりと立ち上がるとゴム長靴のつま先で破壊跡の周囲を突っつき始める彼女。
電信柱のワイヤーに靴底を僅かに押し当ててみたり、給油機を軽く蹴り付けてみたり。
“シュボッ!”
彼女に蹴られた給油機から炎が上がった。
「ヤバッ!」(律代)
急いで給油機ともども炎を踏み付ける彼女。
もちろん火は一瞬で踏み消された。
あとにはどす黒い彼女の残したゴム長の靴跡と潰れた給油機があった。
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