第229話・元の世界なの?
どこか見覚えのある場所。
そんな風に感じながら地面に降り立つわたし達。
“ズブッ”と沈み込むこの感覚。
“もしかして?”
わたしが最初にトリップした時と酷似する状況だと気づいた。
まさか同じ世界に来ちゃったのかしら、と薄々感じながら律代の方を見てみる。
「なんだ、単なる空き地なんですね。」(律代)
「でも、お天気が良くて気持ちいいわ!」
「え~?でも、今って夜のはずなのにィ。」
「ここって、どこなんですかね?」
若い16歳の彼女はまだこの世界の違いについて全く気付いていない。
白いゴム長靴を履いたわたし達。
律代の足元は早くも彼女が刻み込んだゴム長の靴跡で埋め尽くされている。
そんな事にすら気づかずに辺りを見渡す彼女。
「あれっ?あれって何ですかね?」(律代)
少し離れた所に一本の線が走っている。
“もうこうなったら、どうにでもなれっ!”
そう思いながら成り行き任せにするしかないと思った。
とりあえず彼女には初体験で通すしかない。
元の世界に戻れば、白昼夢だったと言い訳すれば良いのだ。
どうせあちらの世界では時間は進んでいないのだから。
わたし達の単なる不思議体験で押し通すしかない。
とにかくこちらの世界で、人々に迷惑をかけることなく60分間過ごせばそれで良いのだ。
「律子さん、ちょっと行ってみませんか?」(律代)
「あらっ、なんかさっきから変だと思ってたら・・。」
「ウワァ~!」
「ナニこれ?」
「これって、全部わたしの足跡?」
グリーンの草原にクッキリと刻まれた無数の真っ黒な靴跡を見て仰天する彼女。
自分の足跡を指さして騒いでいる。
まるで矢じりのような太い三角模様が互い違いに組み合わさっている靴跡。
わたしの分の足跡も併せたら凄い数の靴跡が残されている。
「律子さん!」(律代)
「これって、道ですかね?」
先ほどのベージュのラインを指さしてわたしの方を向いている彼女。
「え~、なになに?」(わたし)
「道?」
とぼけながら彼女の方にゆっくりと近づいていく。
歩くたびに“ずぶり、ずぶり”と沈み込むこの感覚はたまらなく快感なのだが・・。
最初のトリップの時と同じなら、律代が小人と遭遇するのは時間の問題だった。
少しおどけたような表情で足元を見つめながらラインの方に駆け寄る彼女。
「やっぱり、ちっちゃな道かもです。」(律代)
「真ん中に白い線が引いてあります。」
「何なんですかね、これって。」
そう言いいながら、道路上にゆっくりと自分の右足をのせてみる彼女。
かすかな土煙を上げながら沈み込む彼女のゴム長。
「あら、イヤだわ!」(律代)
「またズブッてなっちゃったァ。」
「でも、なんか面白いかも。」
この踏み抜く快感に取り付かれた彼女。
今度は左足をのせてみる。
「イヤだわァ!」(律代)
「ずぶずぶって、なんか気持ちいいかも。」
「わたし、病みつきになりそう。」
「ほらほらァ!」
調子に乗ってワザと踏みつけて道路をズタズタにする彼女。
もう彼らの都市を結ぶ幹線道路は使い物にならない位に踏み潰されていた。
そうとは知らない律代は自分のゴム長を見つめながら道路を踏み歩いている。
こちらの世界で迷惑を掛けないように、なんて所詮は無理な話だ。
こんなに巨大化したわたし達が動けば、それだけ被害を与えるのは仕方がない。
しかもまだ自分が巨大化した事にさえ気づいていないのだから無理はない。
「何やってるのよ?」(わたし)
「あんまり変な事しない方がいいわよ。」
「わかってますってばァ。」(律代)
「でも、わたし達の足元って、」
「簡単にぐちゃぐちゃになっちゃってるんですよ。」
「これって、やっぱり変ですよね。」
「何なんだろ?」
そうこうしている内に20m程向こうに見覚えのある小さな物体が目に入ってきた。
“あっ、ドライブインだわ。”
目を凝らすとガソリンスタンドと思しき建物と車が2台停車しているようだった。
でも自分の足元ばかりを見ている彼女はこの事に全く気付いていない。
すると今度は視線を上げて遠くの方を見ながら歩き始めた。
しかも今度は大股で歩いている。
もちろん道路をグチャグチャに踏み抜きながらである。
「何か見えるみたいなんですけど・・。」(律代)
「何なんですかね?」
どうやら遥かかなたに見える薄黒いエリアに気を取られているらしい。
“町だ。”と思った。
その町の方に向かって歩き始めた彼女。
当然彼女が踏み潰しながら歩いているこの幹線道路はあの町に繋がっている。
わたしも彼女と並走するようにゆっくりと歩き続けている。
もちろんわたしは足元を終始気にしながらできるだけ物を壊さないように努めていた。
そして一瞬立ち止まった彼女。
おもむろにポケットからスマホを取り出した。
スマホの画面を見ながら再びゆっくりと歩き始める。
歩きスマホ状態で目の前のドライブインに全く気付かない彼女。
ドライブインの中から小人が数人出てきて町の方に向かって走り出しているのがかすかに見えた。
給油中だった車の持ち主も急いで車に乗り込んでいるようだった。
それでも彼らが気づくのは少し遅かった。
“グシュッ!”
律代の巨大なゴム長靴がドライブインを車諸共踏み潰してしまった。
“あ~あ、やっちゃった。”
と思った瞬間。
ゆっくりと足元に視線を落とす彼女だった。
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