第228話・戻れないの?
扉の前にゆっくりと進むわたし。
そしてゆっくりとドアノブに手を掛けた。
そんな様子を固唾をのんで見つめる律代。
ドアは静かに開いた。
いつものように中は真っ暗でよく見えない。
「中ってやっぱり真っ暗なんですね。」(律代)
「わたしも入っていいんですよね?」
「どうせ、ダメって言ってもついてくるんでしょ?」(わたし)
「危ないことは無いんですよね?」(律代)
「律子さん、経験済みですもんね?」
そんな事を訊くなら首を突っ込んで来ないで!と思う。
でも好奇心旺盛な16歳の女の子である。
とにかく知りたい病にでもかかったみたいに真剣な眼差しでドアの中を見ている。
「さあ、入るわよ。」(わたし)
わたしはゆっくりと扉の内側に足を踏み入れた。
久しぶりのトリップではあったけれど、何だかすごく緊張してしまう。
わたしが中に入ると律代もゆっくりと中に入ってきた。
すると扉が独りでにゆっくりと閉まった。
“ガチャッ!”
真っ暗な中の奥に、いつものようにあちらの世界に通じる扉がぼんやりと浮かび上がっている。
薄っすらと緑色の光に彩られて美しい幻想的な光景だった。
「綺麗な光ですね。」(律代)
「あらっ?もう一つ扉がありますよ。」
わたしはとっさにとぼけるしかなかった。
「扉?」(わたし)
「あら、ホントだわ。」
「今気づいた。」
「でも、開けない方がいいかもよ。」
「どうしてですか?」(律代)
「だってわたし、開けた事無いもん。」(わたし)
“今の内に手鏡を探さなければ・・。”
そう思いながら辺りを見回すが、何も見当たらない。
“えっ、マジで?”
少し慌てるわたし。
何のためにここまで来たのよ!と落胆する。
そんな事を悟られまいと必死になって平静を装うわたし。
「さぁ、もう戻りましょ!」(わたし)
「え~!もう戻っちゃうんですか?」(律代)
「あっちの扉も開けてみませんか?」
「わたし、すっごく見たいかも。」
「何言ってるのよ!」(わたし)
「元の世界に戻れなくなったらヤバいじゃん。」
「さっ、早く!」
手鏡が見つからない今、すでにわたしのミッションは終了済みである。
一刻も早くここから抜け出さなければならない。
先ほど閉まった扉のノブを握ろうとした瞬間、手ごたえが全く無い事に気づくわたし。
「あらっ?」(わたし)
「どうしました?」(律代)
「何か、変よ!」(わたし)
「ドアの取っ手が掴めない!」
「マジで、ヤバいかも!」
そう言えば、今までトリップの時に入口のドアを開けて戻ろうとした事って無かったっけ。
かなり慌てるわたし。
握れないだけじゃなかった。
もうすでに、半分くらい透けている状態の扉。
やがて、わたし達の目の前からゆっくりと消滅していった。
「ヤバいじゃん!」(わたし)
「どうしよう!」
「え~、どうなるのよォ!!」(律代)
「ヤバ~い!」
「えっ?マジで?」
「帰れなくなるってこと?」
「コマる~!」
だから言わんこっちゃない、と思った。
ついてこなけりゃいいのに!
この子ったらぁ!
もうすでにヤバいを通り越して深刻な状況に追い込まれているわたし達。
“待って、落ち着いて。”
“こんな事ってあったっけ?”
とにかくパニックになる必要は無いと自分に言い聞かせるわたし。
“わたし、マスターだよ!”
“わたしが慌ててどうすんのよ。”
律代には慌てさせておけばよい。
もう二度と関わろうと思わなくなるのは良いことだ。
“待てよ、今までだって入口の扉、消えてたのかも。”
今まで次の扉を開けて進むだけだったから、後ろの扉の事なんて気にした事がなかった。
でも恐らくわたし達が次の世界に進んでいる間に用済みの入口は消滅していたんだ。
そう実感し始めた。
“そうだわ、出口は?”
“なんだ、まだあるじゃん!”
慌ててあちらの世界に通じる扉の方を見るわたし。
薄っすらと緑色に光る出口の扉はある。
“てか、やっぱり進むしかないの?”
観念するしかなかった。
でもこの子を連れてあちらの世界に足を踏み入れたら・・。
“もう後戻りはできない!”
まだ16歳の女の子を血生臭い殺戮と破壊の世界に引きずり込む事に躊躇するわたし。
とにかくあちらの世界で1時間過ごせばよいのだ。
そうすればまたいつものように扉が表れて元の世界に戻れる。
そしてこの子は白昼夢でも見ていたんだと我に返るって感じになれば・・。
「律子さん!」(律代)
「あっちの扉を開けてみませんか?」
「そうするしかありませんよ。」
「それもそうね。」(わたし)
「わたし達、腹をくくるしかないわよ!」
「わかってます!」(律代)
「わたし、律子さんにどこまでも、」
「ついて行きます。」
こうなったら何も想像することなく、そして何も念じることもなく扉を開ければよい。
そうしたらどんな世界が待っているんだろう。
具体的な着地点を連想しなければどうなるのか。
想像もつかなかったが、そうしてみようと直感的に思いつく。
そしてゆっくりとノブに手を掛けるわたし。
「さあ、入るわよ。」(わたし)
「いいわね!」
わたしの言葉に真剣な眼差しでうなずく彼女。
扉を開けると眩しい光で目がくらむ。
そこは何の変哲もないただのだだっ広い空き地だった。
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