第227話・ついて来る気?
ハッとして、目の前のテーブルにお洒落なポーチがある事に気づいた。
あの子のものだとすぐに分かった。
体中に脂汗が流れ始め、頭の中が真っ白になっていく・・。
「何これ、何これ!」(律代)
「何よ、これ?」
彼女の声がだんだんわたしの背中越しに近づいてくるのを感じた。
ここで止めるべきか、でもすでに遅かった。
グリーンの閃光とともに目の前の空間に扉が出現していたのだ。
「え~!」(律代)
「なんなのよ、コレッ?」
「扉が浮いてんじゃん!」
「あれっ、律子さん?」
そんな問い掛けにまだ反応する事さえできないわたし。
すっかり固まってしまっていた。
数秒してから意を決して振り返る。
「どうしたんですか?」(律代)
「そんなにコワい顔して。」
「忘れ物?」(わたし)
わたしは必死になってこの状況の言い訳を考えつつ、全く関係のないことを言っていた。
しかも、低いトーンで少し怒ったような口調だったのかもしれない。
「ポーチ忘れちゃって。」(律代)
「あ、あれよねぇ?」(わたし)
テーブルの上のポーチを指さして尋ねるふりをするわたし。
「そうなんです、よかったァ!」(律代)
見れば彼女も白いゴム長靴姿だった。
「あれっ、そんな恰好で?」(わたし)
「わざわざ履き替えてきたの?」
「そうなんですよ。」(律代)
「自前の靴が汚れると思って、」
「履き替えてきちゃいました。」
「律子さんは、どうしてここへ?」
「わ、わたし?」(わたし)
「ちょっと探し物があって・・。」
言葉が途切れてしまう・・。
わたしの言い訳も、もはやここまでかと思った。
「それにしてもコレ、何なんですかね?」(律代)
事の本質が全く理解できていない故に、あっけらかんと質問してくる彼女。
「えっ、なに?」(わたし)
「何のこと?」
わたしは一瞬、扉が見えていないふりをしようと思った。
これは、彼女にしか見えてない幻影なんだと。
「なにって、」(律代)
「この綺麗な光と、」
「あの扉ですよ。」
「律子さん、見えてないんですか?」
「え~、ウソでしょ!」
「わたしにはこんなにはっきりと見えてるのにィ。」
「扉?」(わたし)
「なんの事、なに言ってんの?」
「そんなものどこにあるのよ。」
「ここですってばァ。」(律代)
そう言うと、彼女はゆっくりと扉に向かって歩き出した。
「今、開けてみますね。」(律代)
すたすたと扉の前に進む彼女。
躊躇する事もなくドアノブに手を掛ける。
「待ちなさい!」(わたし)
「勝手に開けちゃダメ!」
「なんだ、律子さんにも見えてるんじゃないですか!」(律代)
「わたし、一瞬おかしくなったかと思っちゃいましたよ。」
「あ~、よかった!」
わたしは彼女の手首をしっかりと握っている。
これがわたしにできる最後の抵抗だったのかもしれない。
でも彼女はわたしの手を振り払うこともなく、ゆっくりとドアノブから手を離した。
「何か、隠してません?」(律代)
「教えて下さいよ、わたしにも。」
「他の人は知らないんですよね。」
「この事。」
不思議な扉を前に向き合うわたし達。
わたしはまだ彼女の手首を握りしめたままである。
お互いに息が掛かる位の距離だ。
彼女はわたしよりも10cmほど背が高いから、少し見下ろすようにわたしの顔を見つめている。
純粋で澄んだ瞳に優しい表情の彼女。
少し日焼けしていてとても健康的な容姿だ。
そんな彼女に見つめられていると、とても彼女にウソをつけないと感じた。
「実は、そのォ・・。」(わたし)
「この扉は、」
「え~っと、」
「律子さん、落ち着いて!」(律代)
「わたし、絶対に他の人に言ったりしませんから」
こんな不思議な状況なのに、妙に落ち着き払っている彼女。
使い込んだ紺色のジーパンに薄汚れて黄ばんだゴム長靴。
濃い緑色のシャツの袖口を外折りにしている。
スラリとした高身長の彼女は実に美しかった。
まだ16歳だから、世間知らずでそれでいて好奇心いっぱいだから、中々帰ろうとはしなかった。
彼女に話してしまったら、きっと向こうの世界に行きたがるに決まっている。
“そうだ、本質的な事は教えないで、向こうの扉を開ける前に戻ってくればよいのだ。”
この調子だと、この扉を開けて中に入らないと絶対に納得しない雰囲気だから、わたしは仕方なくそうするしかないと思った。
「とりあえず、開けてみる?」(わたし)
「この中ってどうなってるんですか?」(律代)
「ただ真っ暗な空間って感じかな。」(わたし)
「ちょっと不思議な現象みたいだけど・・。」
「期待外れかもよ。」
「でもこんな風に地面から浮いている状態で、」(律代)
「なんかとっても不思議な感じですよね。」
「でもどうしてさっき、わたしが開けようとしたのを止めたんですか?」
「前に開けたのがわたしだけだったから・・。」(わたし)
「他の人が開けて、なんか変な事にならないかって、」
「思っちゃって・・。」
「ごめんね。」
「いいんですよ、そんな事。」(律代)
「でも律子さん、今までにもこの扉を開けた事があるって事なんですね。」
「それはそうだけど、でもいつも中は暗くって、」(わたし)
「結局、何もなくて戻ってくるだけよ。」
「不思議体験といえば、そうだけどね。」
わたしは何とかはぐらかしながら、いっその事この扉が消滅してくれないかとさえ思っていた。
それでも諦めない律代。
もう先に進むしか他に選択肢な無かった。
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