第225話・邪魔なヤツ
薄暗がりの中、ゆっくりと公園に向かって歩いて行くわたし。
するとほんのりとした明かりが見えてきた。
「あらっ?無くなってるみたい。」(わたし)
目を凝らすと林に掛かっていたブルーシートが無くなっている。
「やったね!」(わたし)
追い出してやった、という爽快感に包まれるわたし。
きっと警察がすぐに動いてくれて、あのホームレスの邪魔な男を排除してくれたのだ。
そう確信したわたしはゆっくりと公園の中を歩きながらトリップポイントに向かう。
ちょうど小ぶりな茂みがいくつかあって周りから見えない格好のポイントがあるのだ。
その場所にやって来て鏡を取り出すわたし。
その時だった。
「ねえ、ちょっとアンタ!」(男)
野太い男の声がいきなりわたしの背筋を凍らせた。
振り向くとあのホームレスと思しき初老の男が立っていた。
右手に折りたたんだブルーシートと左手に薄汚いバッグを持っていた。
“何よコイツ!”
心の中で叫びながら完全無視を決めるわたし。
「少しでいいから恵んでくれないかなあ。」(男)
「もう3日も食ってないんだ。」
「なあ、頼むよ。」
そう言って馴れ馴れしそうにわたしに近づいて来る。
わたしの体中に気持ち悪さで悪寒が走り、男に背を向けたまま立ち去ろうとした。
次の瞬間わたしの肩に男が手を掛けてきた。
「オイッ、無視すんなよ!」(男)
「ナニすんのよ!」(わたし)
「ペッ!」
わたしは思わず男の手を振り払い、間髪を入れずに男の顔面に唾を引っ掛けてやった。
「ウワッ、きったねぇ~!」(男)
「そっちこそナニすんだよ!」
男は汚い手で顔面を滴り落ちるわたしの唾を拭うと怒った表情でわたしを睨みつけてきた。
そんな男にイライラが爆発して激高するわたし。
「キモいんだよ、このクソじじい!」(わたし)
「わたしの前から消えろっつ~の!」
「何だとコノ野郎!」(男)
「オンナのくせに生意気なんだよ!」
そう言うと手に持っていたブルーシートをわたしに投げ付けてきた。
とっさにかわすとわたしは思わず反射的に男の腹部に蹴りを入れていた。
「コノヤロ~!」(わたし)
“ドスッ!”
「ウウゥ~!」(男)
お腹を両手で押さえながらうずくまる男。
こうなると女のわたしでもこの薄汚い男を叩きのめしたい衝動に駆られた。
「ホラッ、舐めんじゃね~よ!」(わたし)
“ヴァスッ!”
“ヴォスッ!”
“ヴォスッ!”
こうなったらもう止まらない。
わたしは履いているブーツでうずくまる哀れな男の背中目掛けて蹴り付ける。
薄明りに照らされた男の薄いグレーのシャツに、わたしのブーツの真っ黒な靴跡がまるでスタンプのように刻まれていく。
面白がったわたしは男の衣服に泥々の靴底を擦り付けて汚しまくってやる。
「オンナのくせに、ヤメロよ~!」(男)
「頼むから、やめてくれよ~!」
『オンナのくせに』っていうのがホントにカチンときたわたしは、このねずみ男に正義の鉄槌を加えている風だった。
「オンナのわたしを舐めんじゃねぇ、っつってんだよ!」(わたし)
「ホラッ、分かってんのかよ?」
“ドスッ!”
“ドスッ!”
“ドスッ!”
ブーツで何度も蹴り付けるわたし。
わたしの最初の一撃が余程効いたのか男はまだお腹を押さえたままである。
わたしは男の背中に足を掛けてそのまま蹴り倒してやった。
「エイッ!」(わたし)
仰向けに倒れ込む男。
「カッカァ~~、ペッ!」(わたし)
「ペッ、ペッ、ペッ!」
男の顔に何度もツバを吐き掛けるわたし。
お腹を押さえる男の両手をブーツで踏み抑えながら笑いが止まらない。
「アッハッハッ!」(わたし)
「オンナに蹴られて、」
「ツバ引っ掛けられて、」
「いい気味!」
「少しは反省しなさい!」
もうやりたい放題のわたし。
かつてのSな部分が蘇ってきたみたいで内心怖くなる。
でもここ数日のイライラが爆発して気分爽快だった。
「こうしてやるんだからァ!」(わたし)
「ほらァ~!」
わたしは調子に乗ってツバまみれの男の顔面を踏みにじる付けていた。
グリグリと何度も何度もブーツの靴底を回転させながらにじり付けてやる。
男は声を出す事も出来ずに両手でわたしのブーツを掴もうとする。
「ザケンなよ!」(わたし)
“グシュッ!”
“グシュッ!”
男の手の甲にブーツのヒールを思いっきり打ち付けるわたし。
「ウッ!」(男)
一瞬声をあげた男だったが苦しさで顔が歪み蹄鉄型の靴跡が付いた手で顔を覆った。
真っ黒なヒール痕の周りに血が滲んでいる。
そして男の顔面にも薄っすらと血が流れているのが見えた。
“ヤバい、ちょっとやり過ぎたかも。”
そう思ったわたし。
何だか、あちらの世界での事だと錯覚していたみたい。
この男はこっちの世界の人間で、わたしは単なる普通のアラサー女なのだ。
オンナのわたしでもボコれるような初老の男相手に少しやり過ぎのわたし。
“コイツが警察に駆け込んだらマズいわ。”
この男がいくらホームレスでも警察に被害届なんか出されたらたまったものではない。
でもわたしがどこの誰かなんてわからないし、このまま逃げちゃえば大丈夫!
そんな風に思ったわたしはとにかく遺留品を残さないように辺りを見渡し、ツバまみれの男の顔を再度ブーツでグリグリと踏みにじり付けてトドメを刺してやる。
「いいこと!今度会ったら、」(わたし)
「もっとひどい目に遭わせるからね。」
「覚悟しときなさいよね!」
そう言うとわたしは足早に現場を離れた。
もしかしたら男の手は骨折しちゃったかもしれない。
でももうやっちゃったものは仕方がない。
それに絡んできたのは向こうだから。
そう自分に言い聞かせながら部屋に戻るわたし。
ああ、もうあの公園には当分行けないわ。
そう確信したのだった。
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