第216話・後に残されたもの
崩れ落ちた身長400mの巨大ジーパンオンナ “リリア”。
彼女の肉体は細かい塵となって魔界の扉の向こうに消え去った。
そして、現場に残されたのはこの巨大な彼女の肉体を包んでいた衣服とブーツと手袋だった。
更に、彼女が吐き出した痰やツバはどす黒い染みとなって地面を侵食し凄まじい悪臭を放っていた。
リリアが暴れ回った上海のオフィス街と広大な市場は完全に破壊され尽くされていた。
巨大オンナが消え去った今、報道陣は現場の惨状を詳しくレポートし始めていた。
犠牲になった大勢の人々の遺体や瀕死の状態で横たわる市民で路上は阿鼻叫喚の世界だった。
しかしそんな惨状の中、到着した人民軍の兵士達は手際よく救出作業を始め、破壊された建物の撤去作業も同時に始まっていた。
さすがは人海戦術の国である。
「何人位の人が犠牲になったんだろう?」(わたし)
「わたしが彼女をもっと上手く説得していたら・・。」
画面を見ながら後悔の気持ちが沸き上がって来るわたし。
現場のレポーターが再びしゃべり始めた。
「みなさん、わたしの格好を見てください!」(女性レポーター)
「うわっ、凄い格好ですね。」(司会者)
「そうなんです。」(レポーター)
「こちら現場はまだ生臭い強烈な悪臭に包まれているんです。」
「それに巨大オンナが吐き出した痰やツバの跡が酷く汚染されていて、」
「とても危険なんです。」
「だからわたしも、見てください!」
「ゴム長靴にゴム手袋に防護服なんです。」
オレンジ色の防護服に白いゴム長靴に緑色のゴム手袋、それにゴーグルにマスクといった出で立ちの現場レポーターがマイク片手に説明している。
「ご覧下さい、あの巨大な物体を!」(レポーター)
彼女が指出した方向にカメラが向くとそこには巨大なロングブーツの靴底が映っていた。
アウトソールの真ん中にはたまご型の薄いグレーのギザギザ模様の部分があって、この部分であらゆる物を踏み砕いていたんだと一目で分かった。そこには無数の肉片と瓦礫の破片が付着していて、その周りのストライプの線が入った部分も酷く汚れていた。
このブーツの靴底だけでも長さが60mにも及び、10階建てのビルに匹敵する大きさだった。
ブーツ本体の長さはおよそ100m以上だった。
これ程巨大なブーツで蹴られたり踏み付けられたりしたらひとたまりもない訳である。
「そうだ、わたしだって同じ位の大きさになって、ナチスの街で暴れた事があったわ。」(わたし)
「あの時は、わたし自身が400m超だったからこんな巨大さを感じる事が無かったんだわ。」
「なんだか、ちょっとコワいかも・・。」
「こんなに強大な力を持ってしまうと、感覚が完全にマヒしてしまうから。」
「いくら暴れても、まだまだ足りないぞ!なんて・・。」
「それにしてもどうするのかしら、」
「このでっかい服にブーツ。」
ダークブラウンの巨大なロングブーツの先には色落ちして汚れたジーパンがはるか彼方に伸びていて、更にその先には濃いパープルのブラウスがたくさんの建物を覆っている。更に両腕の先にはアイボリー色の革製のロング手袋が袖口にインされた状態で横たわっていた。
「不思議な扉を抜けてきているモノだから、」(わたし)
「きっと解体するのは無理かもしれないわね。」
地上に続々と集結してきた中国人民軍の工兵隊がリリアの着衣やブーツにハシゴを掛けてよじ登り始めていた。そして、無数のクレーン車が横付けされてワイヤーを引っ掛けようとしている。
すると、レポーターが手を口に当てて慌てふためいている。
「大変な事が起こっています!」(レポーター)
巨大なロングブーツの筒の部分に上っていた兵士達が次々と地面に落下し始めたのである。
「何が起こっているんでしょう?」(レポーター)
「ブーツの筒の部分から兵士達が次々と落っこちていきます。」
「わたしも現場に向かいます。」
カメラを随伴したレポーターがブーツに向かって突進していく。
すると急にカメラを構えた撮影スタッフの足取りが重くなった。
「ウッ、ウ~、す、凄い臭いです!」(レポーター)
「オシッコのようなツバのようなキツい臭いです・・。」
「わたし、マスクをしているんですけど・・。」
「これ、たまらない!」
そう言うとその場でうずくまってしまった彼女。
どうやら臭気の事など気にしないでよじ登った工兵隊の兵士達は強烈な臭いと有毒なガスによって失神してしまったようだった。
ブーツとは言え、その高さは数十メートルにも及んでいるから落下した兵士達はほぼ即死状態だったろう。
全員マスクを着用してはいたが、命綱無しでの作業は困難だったようだ。
“ガッコーン!”
不意に衝撃音が走った。
カメラが音の方向を向くと、大型クレーン車が横っ倒しになっている。
どうやらリリアの着ていたブラウスが風に煽られて裾の部分が舞い上がりクレーン車を薙ぎ倒してしまったようだった。
「やれやれ、これじゃあ先が思いやられるわ。」(わたし)
「巨大オンナなんていなくても、着衣とブーツだけで被害続出だなんて・・。」
「それはそうと彼女が持っていた手鏡はどこなのかしら?」
「まさかジーパンのお尻のポケットにでも刺し込んであるのかしら?」
「でも、それって超巨大な手鏡って事?」
わたしはわたしにとって極めて重要な事に気付いた。
わたしが手に入れなければならない妹鏡。
その行方とどうするべきかを考えずにはいられなくなっていたわたし。
次回の更新は4月14日(0:00)になります。