第213話・これって息地獄なの?
半壊した高層ビルの前でぼ~っと突っ立ったままのリリア。
やがてゆっくりと歩きだした。
“ズシ~ン!”
“ズシ~ン!”
“ズシ~ン!”
「わ、わたし、ここにいたら、」(リリア)
「何をするか分かりません・・。」
「これ以上、迷惑を掛けたくないから・・。」
「この町を離れます。」
破壊の限りを尽くした上海市内から出ようと思っているのか、当ても無く進んでいるようにしか見えなかった。
“ズシ~ン!”
“ズシ~ン!”
“ズシ~ン!”
今度は足元を気にする余裕など無くなったのか道路を外れて家々や商店街や低層階のビル群を踏み潰しながら歩き続ける彼女。
「こんな事しちゃって、ごめんなさい。」(リリア)
「でも、わたしにはどうする事も出来ないんです。」
「みんな、早く避難して下さい!」
「わたしの足元から避難して・・。」
“ズッヴ~ン!”
“ズッヴ~ン!”
“ズッヴ~ン!”
すると突然お腹を押さえてしゃがみ込む彼女。
「ウッ、ウウウ~!」(リリア)
「ゲホッ!ゲホッゲホッ!」
「オエ~!」
“ゲヴォ~!”
“ピチャッピチャッピチャッ!”
“ピチャピチャピチャピチャ!”
足元の食料品市場に向かって嘔吐し始めた彼女。
彼女が立ち止まった目の前には大きな市場が広がっていた。
主に野菜等を取り扱う市場で食料品もたくさん扱っていてフードストアや食堂も併設されていた。
そんな食のマーケットに突然現れた巨大なジーパンオンナが嘔吐を始めたから大変である。
最初は黄色い胃液のような液体を吐き出し始め、だんだんどす黒く変色した固形物も混じった吐しゃ物を辺り一面に吐き掛けている。
いきなり現れたリリアに市場に居た多くの人々は逃げる間も無く彼女の吐いたゲロをもろに浴びている。
市場内には黄色い泡混じりの大量の液体が流れ込み、新鮮な野菜や食料品を押し流しゲロで溺れた人々の遺体と共にゲロ沼となってあらゆるモノがプカプカと浮いていた。
「ゲホッ!ゲホッ、ゲホッ!」(リリア)
「ホント、ごめんなさ~い!」
「こんなに汚しちゃって・・。」
散々ゲロを吐きまくり、吐しゃ物で市場の大量の食料品をダメにしたリリア。
その場で汚れたブーツを小刻みに踏み鳴らし、ゲロ沼の中で黄色い汚染水をビチャビチャと飛び散らせている。
“本当に悪いと思っているのかしら?”
彼女の精神状態は完全におかしくなっていた。
自らの最期を悟っている事は間違いなさそうだった。
夢破れ、巨大な体であえぐジーパンオンナリリア。
ダークブラウンのロングブーツは泥とホコリとゲロにまみれてどす黒く汚れ、色落ちしたジーパンも粉塵にまみれた状態で悪臭を放っているようだった。
パープルのブラウスも吐しゃ物が付着したままの状態で、アイボリーホワイトの革製ロング手袋に至っては多くのビルを叩き潰しあらゆる物を握り潰してきたから手の平は真っ黒に汚れていた。
そんな格好で立ち尽くしていた彼女だったが、ゆっくりとしゃがみ込んで市場の方を見つめている。
「わたしに何かできる事はないかしら?」(リリア)
「そうだ、ここの人達を助けなきゃ。」
そうつぶやくと、どす黒く変色したロング手袋で市場のアーケードの屋根を優しく掴むと一気に剝ぎ取った。
「えい!」(リリア)
“バリバリバリッ!”
“パッシャーン!”
アーケードを鷲掴みにして剥ぎ取ると駐車場に向かって投げ捨てる彼女。
「これで中が良く見えるかも。」(リリア)
「生き残っている人はわたしの手の平に乗ってください!」
そう言いながら、ゲロまみれになってもがいている人を見つけては右手で摘まみ上げて左手の平の上に載せていく彼女。
散々暴れて迷惑を掛けてきた罪滅ぼしのつもりなのか、それとも最後を迎える前に真人間に戻ったのか、懸命に人命救助を始めた彼女だった。
市場にいた人達は数千名に上ったから、アーケード街の下には無数の人々が苦しみながら助けを待っていた。
そんな状況下でこの諸悪の根源になっている巨大なジーパンオンナが手を差し伸べてきたのだから人々が戸惑うのも無理はないのかもしれない。
しかも差し伸べてきた巨大な手は真っ黒に汚れまくった手袋なのだから助け出された人々もあまりいい気分ではなかっただろう。
「こんなに汚い手袋の上で、ホントごめんなさい。」(リリア)
「今すぐに、安全な場所に降ろしますからね。」
「その前に、こうしてあげます。」
「ふ~!」
「ふ~!」
巨大なリリアのゲロでビチャビチャになった人々の体を乾かそうとしたのか、左手の平に唇を近づけて盛んに息を吹きかけている。
「あっ、ごめんなさい!」(リリア)
「わたしの息って、・・。」
「かなり臭かったんですよね。」
「どうしよう・・、わたし。」
強烈な悪臭を吹き掛けられて失神寸前の人達。
巨大な彼女の手の平の上で逃げ出す事もできずに苦しみ続ける人々。
ジーパンオンナの口から吐き掛けられる生温かい腐敗したような口臭によって体が乾くと更に臭いが倍増して我慢できない位に強烈な臭い地獄となっていた。
そんな事をあまり気にしていないのか、彼らが風邪を引かないように今度は口を大きく開けて優しく息を吐き掛ける彼女だった。
「はァ~!」(リリア)
「はァ~、はァ~!」
「みなさん、少しだけ我慢して下さいね。」
「今、わたしが皆さんを乾かしてあげますから。」
何も解っていない彼女に少しイラついているわたしだった。
次回の更新は3月3日(0:00)になります。