第211話・わたしの顔の傷は・・?
いきなり咳き込んだと思ったら嘔吐し始めた女性レポーター。
すぐに画面が景色の静止画に切り替わった。
「何があったんでしょうか?」(スタジオの司会者)
「現場では凄まじい悪臭が発生していたと言ってましたね。」
「現場の佐藤さん!」
「如何でしょうか?」
「大丈夫ですか?」
「ゲホッ、ゲホッ!」(レポーター)
「はい、すみません!」
「もう大丈夫です・・。」
ハンカチで口を押えながら女性レポーターが現場の状況を伝えようとしていた。
「もう一度、詳しく教えてください。」(司会者)
「現場はどんな臭いに包まれているんですか?」
「普通の人は嗅いだことの無いような強烈な腐敗臭です。」(レポーター)
「前に腐乱死体が放置された現場に行った事があるんですが、」
「人間の体の臓器が腐ったような臭いです。」
「それを何倍にもしたような強烈な腐敗臭です。」
「その臭いはどこから発生しているんですか?」(司会者)
「わたしの上空の巨大オンナの口から吐き出されているんだと思います。」(レポーター)
「彼女が言葉を発するタイミングでこの悪臭が拡散されているんです。」
「あそこから増幅されて発散されているとしか思えません。」
“ズヴァーン!!”
突然画面が真っ白になった。
一瞬何が起こったのか司会者も視聴者のわたしも分からなかった。
「佐藤さん!」(司会者)
「大丈夫ですか?」
「え~、現場からの映像が完全に切れてしまいました。」
「ただいま、状況を確認しております。」
「しばらくお待ちください。」
司会者の声が流れている間に画面が別のカメラに切り替わりレポーターが居た現場をそのまま映し出していた。
やがて真っ白になった原因が細かい粉塵の煙だった事が分かった。
モクモクと辺り一面を覆い隠すように大量の粉塵と埃が舞っている。
すると白い煙の中から何やら巨大な何かが浮かび上がってきた。
“人の指かしら?”
粉塵の煙が収まり始めると巨大な小指が姿を現した。
巨大な物体はリリアが嵌めているアイボリーホワイトのレザーのロング手袋だった。
「そんな、何でこんな事するのよ?」(わたし)
わたしにはメディアの人間を叩き潰したリリアの行動がすぐには理解できなかった。
今まで自分を宣伝拡散してくれるメディアを攻撃したりすることは無かったからだ。
ようやくカメラのアングルが全体を映し出すものに切り替わった。
レポーターが居た場所には取材クルーが4名と報道用のハイヤーが停まっていた。
彼女の巨大な右手が車両ごと取材クルーを叩き潰したのだった。
彼女がゆっくりと右手をを上げると、そこにはペシャンコになった車の残骸と潰されたクルーの遺体と思しきどす黒いシミが地面に4つ残されていた。
「ごめんなさい!」(リリア)
「変な事言い出すから・・」
「わたしったら、つい・・。」
左手で口元を抑えながら言い訳がましくつぶやく彼女。
「みなさ~ん!」(リリア)
「わたし、体の調子が悪いみたいなんです。」
「さっきから、お腹が痛くって・・。」
「吐き気もして・・。」
「この臭い、本当にごめんなさい!」
「でもわたしにはどうする事もできないみたい・・。」
「それから、この傷を見てください。」
そう言いながら彼女はおでこの辺りの一部分を指さして見せている。
足元のドクターや看護師達に向かって指差していた。
後から駆け付けた別のドクターが双眼鏡を手にしてリリアの顔を診断しているようだった。
“あの医者は外科かしら?”
「ドクター、この傷は外傷ですか?」(リリア)
双眼鏡で覗いていた医師が日本語の話せる医師に何かを伝えている。
するとその医師が拡声器を持って話始めた。
内容はとても簡潔だった。
「その傷はどうやら外傷ではなさそうです。」(医師)
「外から傷付けられたものでは無いという事です。」
「何と言ったらいいか・・。」
「内側からひび割れしているとしか思えません。」
そもそもこちらの世界にやって来た不死身の巨大オンナの顔に傷を付ける事など不可能である。
その事は彼女が一番よく理解しているはず。
“何が起こっているの?”
だとすると彼女の巨体の内側から何か想像を絶する異変が起こり始めているのかもしれないと思った。
彼女の顔がアップになると確かにおでこにひび割れのような傷が出来ていた。
濃い紫色をしたギザギザな傷がハッキリと映し出されている。
そう言えば、彼女の自慢の美しいブロンドヘア―もやや色抜けしたようなゴールドからシルバーに薄っすらと変色しているようだった。
若くて美しくブロンドヘア―の似合う端正な顔立ちのリリアがまるで一気に30歳位歳を取ったような顔に変貌していた。
“ズシーン!”
“ズシーン!”
“ズシーン!”
ドクターからの診断を聞いて納得したのかゆっくりと歩きだすリリア。
左手で口を押えて右手でおでこを抑えながら歩いている。
足元を気にしながら無人になった道路を慎重に一歩一歩進み始めた彼女。
“今度はどこに向かっているのかしら?”
彼女の向かっている先はすぐに分かった。
彼女は再び自分の姿を確認しようと、ガラス張りのオフィス街に向かっているのだろう。
可哀想にあんな姿を目の当たりにしたら、さぞかしショックを受ける事だろう。
それとも彼女自身はもうとっくに覚悟が出来ているのかもしれないと薄々感じ始めたわたしだった。
「発狂して暴れださなきゃいいけど・・。」(わたし)
わたしはそんな心配をし始めていた。
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