第209話・確かめたいだけなのに・・。
リリアの嵌めたアイボリーホワイトの革製ロング手袋によって叩き落された中継用のヘリコプターは粉々に砕け散って群衆のひしめく地面に落下した。
「あらっ、ごめんなさい!」(リリア)
「わざとじゃないの!」
「わたしの手が当たっちゃったみたい・・。」
必死になって取りつくろう彼女。
何かを感じ取っているように思えたが、狡猾な彼女らしくすぐに装う素振りで誤魔化しているように思えた。
“ズシーン!”
“ズシーン!”
“ズシーン!”
“ズシーン!”
逃げ惑う群衆を踏み殺していた彼女。
ヘリを叩き落してから、様子がおかしくなって急に市街地中心に向かって歩き始めた。
足元など気にする事は一切なく手当たり次第に道路や車両や家々や建物を踏み潰しながら足早に突き進む彼女。
“いったいどこに向かっているのかしら?”
先程破壊したスタジアムの脇を通過すると更に町を破壊しながら歩みを続ける彼女。
何せ巨大な彼女のブーツである。ひと踏みで街の1ブロックの約半部が陥没した靴跡に変わり果てていた。
それほどの破壊力のある巨大オンナだから、ちょっと歩いただけでもその被害は甚大である。
そんな事は承知しているはずなのに、自分の望みを叶える為なら犠牲者が何万人出ようが全く気にしていない様子のリリアだった。
「ごめんなさ~い!」(リリア)
「わたし、通りま~す!」
“ズシーン!”
“ズシーン!”
“ズシーン!”
“ズシーン!”
よく見れば、さっきから随分と大股で歩いている彼女。
大股ゆえに踏み付けた場所は凄まじく踏み砕かれて辺り一面に粉塵と瓦礫が舞い上がっている。
でも普通に歩くよりは被害は最小限なのかもしれないと思ったわたし。
“これって、彼女なりに気遣っているのかしら?”
しばらく歩き続けた彼女は高層のオフィスビル街にやって来て足を止めた。
上海の金融街の中心には高さが500m近い高層ビルが建っている。
その中の一際近代的なデザインで遠目から見ても美しく銀色に輝いているタワービルの正面で仁王立ちしているリリア。
このビル群の前を通る幹線道路は彼女のブーツによってグチャグチャに踏み荒らされていた。
そんな事は気にせず、ビルに向かって顔を近づけている彼女。
“このビルをぶっ壊す気なのかしら?”
“それともビルの中に何かあるのかしら?”
しきりにビルを覗き込む彼女。
じーっと見つめながらレザーの手袋を嵌めた手で頬の辺りを触っている。
更に前髪を少しかき上げておでこの辺りも気にしている様子の彼女。
“ビルの中じゃないんだわ!”
“さっきは髪の毛、今度は顔の様子を見ているのよ。”
“でもなぜ?”
10分間程自分の顔をガラス張りのビルの壁面に映して見つめていた彼女は腰の辺りに両手を当てて悩ましいポーズで脚をクロスさせて突っ立ったままである。
そんな彼女の顔を大写しにする地上の報道陣のカメラ。
彼女の顔を見た瞬間にわたしは、“あっ!”と思った。
“彼女の顔がわずかに紫がかった色に変色しているわ。”
“どういう事なんだろう?”
大分前にジーパンレディーになってあちらの世界で大暴れした幸恵が化学兵器によっておかしくなった時と少し似ていた。
でもリリアは幸恵のように狂暴にはなっていない。
それだけは救いだった。
すると急に力が抜けたようにその場にしゃがみ込む彼女。
そしてそのままこのガラス張りのオフィスタワーに背中を押し付けるように座り込んでしまった。
さすがに400m以上身長のある巨大なジーパンオンナが寄りかかれば高層ビルも無事ではいられまい。
彼女が背中を押し付けた瞬間からビルの周辺にうっすらと煙が立ち込め始めていた。
ビルの中にはまだ大勢の人々が残っていたようである。
中から逃げ出そうと正面玄関に殺到している様子が映し出されていたが、玄関前には巨大なリリアの薄汚れたジーパンに包まれたお尻が鎮座していて反対側の玄関に回らざる負えない状況だった。
別のカメラがリリアが座っているのと反対側の入り口付近を映し出すと数千人の人々が我先に逃げ出そうとごった返していた。
“ピキピキピキピキッ!”
“パキパキパキパキッ!”
“ヴォヴォーン!!”
不気味な音が響き渡り、次の瞬間画面が真っ白になった。
何が起こったのか分からなかった。
「まさかっ・・。」(わたし)
「ビルが崩れた?」
「だとしたら・・。」
このビルの後ろには同等クラスの高層ビルが2つ建っていた。
“もしかして・・。”
数分してから上空のヘリコプターからの映像に切り替わった。
リリアが座っていた辺りがどす黒い超巨大な染みのようになっていた。
粉塵の煙がモクモクと立ち上り巨大なリリアの体さえをも覆い尽くしていた。
煙の中から低いオンナの声が地響きのように伝わってきた。
「ご、ご、ごめんなさ~い!」(巨大オンナ)
「わたし、そんなつもりじゃ・・。」
煙にむせ返る事も無く立ち上がったリリアは足元の瓦礫の山を見つめながらすまなそうな表情をしていた。
彼女が寄りかかっていた銀色のオフィスタワーが耐え切れなくなってリリアの巨体の反対側に倒壊したのである。そして背後に建っていた2つのタワービルも巻き添えになって崩れ落ちたのである。
もちろん数万人の人々を道連れにして辺り一面は瓦礫の山と化していた。
「何て事、してくれたのよ!」(わたし)
「絶対に許せないわ!」
暴れ回ったのとは違うけど、とんでもない被害を引き起こした事だけは間違いなかった。
そんな彼女に怒りを覚えるわたしだった。
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