第203話・暴れる事に悩むわたし
陰の指導者、リナの指示は実に正確で解りやすくそして適格だった。
後はわたしがやるだけ・・。
それでもわたしはまだ心の奥底で迷っていた。
例え、悪党の連中だろうと2万人もの人を踏み殺すなんて・・。
きっと大半の人達は、普通の人達で、愛する家族がいて、家庭があって・・。
狂信的なナチはほんの一握りなんだと思ってしまうわたし。
そんな奴らに命令されて、わたしに踏み殺されるなんて・・。
そう思うと何だか浮かない顔になっていってしまうわたしだった。
そんなわたしの表情を察したのか、先生が心配そうな顔でわたしを覗き込む。
「あなた、大丈夫?」(里美)
「少し落ち着こうか!」
「何か、食べに行かない?」
「は、はい。」(わたし)
消え入りそうな声で応えるわたし。
ますますトリップする事に抵抗を感じ始めていた。
そんなわたしを連れ出す先生。
研究室を出たわたし達は大学の正門そばにあるカフェに入った。
「何にする?」(里美)
「ここのパスタ、美味しいのよ。」
「ミートソースがお奨めかな。」
先生がメニューを開いてわたしに差し出す。
わたしは無表情でメニューをさらりと見て、
ミートソースを指さした。
「これ、お願いします。」(わたし)
温かいパスタが運ばれてくると何だか少し落ち着いてきた。
そして、ゆっくりと食べ始めるわたし。
そういえば、少しお腹も空いていたなって、今気づいた。
「これ、美味しいですね!」(わたし)
わたしの口からやっと人間味のある言葉が出た。
「そうでしょ!」(里美)
「あらっ、やっといつものあなたに、」
「戻ったわね。」
ニッコリと微笑み掛けてくれる先生。
「先生、ごめんなさい。」(わたし)
「わたし、やっぱり・・。」
「多分、そんな事だろうと思ってたわ。」(里美)
「わたしこそ、あなたの事煽ってしまって、」
「ホント、ごめんなさいね。」
「わたしの役目はよく解ってるんです。」(わたし)
「でもあっちの世界でも、」
「わたしが踏み殺すのは、」
「わたし達と同じ人間なんです。」
「今まで、こんな感覚ありませんでした。」
「わたしが、わたしのブーツで踏み殺す相手の事を、」
「気遣うだなんて。」
「わたしも、リナのオファーを受けるべきって、」(里美)
「言ったけど。」
「もう一度、よくよく考えた方がいいかもね。」
「わたし達にとって、」
「そしてわたし達の世界にとって、」
「本当に良いことなのかっていう事を。」
「リナの世界が変わらなくても、」(わたし)
「わたし達の世界には全く影響しないんですよね?」
「それならわたしは・・。」
「やっぱり、大勢の人を踏み殺したり、」
「街を破壊したりなんて、」
「できません!」
「リリア達の殺戮を目の当たりにして、」
「わたしは思い知らされたんです。」
「彼女が良い反面教師になったって事ね。」(里美)
「あの子はあの子なりに、修正する事を前提にしていたから、」
「あそこまで破壊と殺戮の限りを尽くせたんだと思うわ。」
「でも、わたしも実際に経験したから少しは分かるわよ。」
「あなたの気持ち。」
「あの人を踏み殺す感触。」
「ブーツの靴底を通して伝わってくる、」
「潰したっていう感じでしょ?」
「あっ、わたし今、たくさんの命を一瞬で奪ったんだって・・。」
「それが病みつきになるか、」
「可哀そうだと思うかの差は大きいわよね。」
「もし先生がマスターだったら、どうします?」(わたし)
わたしは思い切って答え辛い質問をぶつけてみた。
「わたし?」(里美)
「わたしだったら、迷わず暴れに行くわよ。」
「だって、それで多くの人達が救われるんなら。」
「やる価値は十分にあると思うわ。」
あまりにもあっさりと、そしてちゃんとした答えが返って来たから、
わたしは少し驚いた。
やっぱり先生は大人なんだと思った。
目先の犠牲者の事よりも世界全体の事を見据えているんだと、
正直感心させられてしまった。
「そ、そうですよね。」(わたし)
「こんな優柔不断なわたしみたいな・・。」
「ダメなオンナがマスターだなんて。」
「笑っちゃいますよね?」
「それがあなたの良い所だと思うわ。」(わたし)
「わたしなんて、冷徹で血も涙も無いんだから。」
「何万人踏み殺したって、」
「それで世界が平和になるんだったら、」
「安い犠牲でしょ?」
「そう思わない?」
「だってわたし達の世界だって、」
「日々世界中で紛争や内戦なんかがあって、」
「多くの犠牲者が出ても解決しない事って多いじゃない。」
「それがわたしのブーツの蹴りや踏み付けで解決するのなら、」
「お安い御用って感じかな。」
「あ~あ、わたしもまた暴れたいなァ!」
わたしも先生のように何事も割り切れるようなサバサバした性格なら良かったのに。
そう思ってはみたものの、今までのわたしは先生以上に割り切ってトリップを繰り返していた。
安易に友達を巻き込んで、殺戮と破壊を繰り返してきたのに・・。
“今さら、何よ!何なのよ?”
そんな風に自問自答するわたしだった。
そんな煮え切らないわたしの事を見てイライラする訳でもなく、
のんびりと構えている先生の事が少し不気味に思えて来たわたし。
次回の更新は12月24日(日)2:00になります。