第202話・影の指導者登場
フラッシュメモリーを握りしめたまま先生はタクシーに乗り込んだ。
そして、わたし達はそのまま先生の研究室へと向かった。
道中車内はとても静かだった。
わたしも疲れていたし、車窓を眺めながら少しうとうととしてしまった。
程なく大学の正門に到着するとわたし達は足早に研究室へと向かった。
「とりあえず、コーヒーにする?」(里美)
「はい、わたしも欲しかったんです。」(わたし)
先生は廊下の自販機でコーヒーを買ってきてくれた。
まずは、熱いコーヒーを飲んで落ち着くわたし達。
「ではでは、早速!」(里美)
そう言いながら、パソコンにメモリーをさし込んで見守るわたし達。
どうやらデータの中身は説明文や地図などではなさそうだった。
画面が明るくなって動画が再生され始めたのである。
「こんにちは!律子さん!」(画面の中の女性)
驚いたことにとても流暢な日本語で挨拶したのはブロンドヘアのとても美しい女性だった。
年のころは30代後半位でスラリとした身長は180cm近くあるのかもしれない。
若かりし頃のジャネット・ビーダーマンに似ていた。
とても知的な表情で優しく落ち着いた口調で話し始めた。
「わたしの名前はリナ・フィッシャーっていうの。」
「わたしは今のドイツを正しい方向に導こうとしているのよ。」
「それは由美から聞いているわよね?」
「突然、こんなお願いをして本当にごめんなさい!」
「あなたにこのベルリンでひと暴れしてほしいのよ。」
「今の政権をあなたのブーツで粉々に踏み潰してほしいの。」
リナという陰の指導者は、由美の言っていた内容を一通り説明して見せた。
そして、その後にはとても精密なCGが映し出された。
それはベルリンの総統官邸の立体的なグラフィックスだった。
殆ど本物と変わらないベルリン市街地の大通りから官邸にかけての道路やら地下道やら、いろいろな角度で描かれていてとても解りやすかった。
「総統官邸の周辺には民家はありませんね?」(わたし)
「民間人を巻き添えにする事は無さそうって事かしら?」(里美)
「ご覧の通り、総統官邸へと延びる中央通りとその両サイドには、」(リナ)
「親衛隊のビルや国防関係のビルが林立しているんです。」
「民間人は一切立ち入り禁止エリアだから、」
「律子さんが思いっきり暴れても、何の問題もありません!」
「今こそ、あなたの女子力でこの国を救って欲しいの。」
そしてグラフィックスによる都市の構造や地形の説明の後は、より具体的な説明に入り始めた。
総統が移動する日にちや経路、それに護衛部隊の配置状況などである。
さすがに軍の高官が関わっているだけあって、非常に正確な情報が網羅されていた。
「でも、わたし、やっぱり大勢の人を殺さなきゃいけないんですよね?」(わたし)
「でもそれって、あなたが憎んでいたコアなナチの連中なんでしょ。」(里美)
「ひと暴れどころか大暴れして来ちゃいなさいよ!」
「きっとスカッとすると思うわ。」
何とも他人事のようにわたしを挑発する先生だった。
でも、先生の言う通りわたしが例え1万人踏み殺したとしても、
それで世界が平和になるのならお安い犠牲かもしれない、と思うようになり始めていたわたしだった。
「わたし、今度こそ正義の為に闘う事が出来るんですよね?」(わたし)
「今までのわたしは、単なる憂さ晴らしみたいな・・。」
「楽しんでたっていうか・・。」
「人の命を奪うって事を何とも思ってませんでした。」
「いいこと、これは戦争なのよ!」(里美)
「あなたはれっきとした女性兵士なの。」
「巨大なオンナの戦士なのよ。」
「わたしはリナの申し出に乗るべきだと思うわ。」
わたしの中で、暴れたい衝動がふつふつと沸き上がってくるのを感じた。
でも、今日まで間近で見て来たリリア達の破壊と殺戮の光景が頭から離れなかった。
「わたし、やってみようと思います。」(わたし)
「正義のオンナの戦士になって、」
「ベルリンの街で、」
「わたしの力を見せつけてやろうと思います。」
成り行きというか、話の流れというか、なんだかとても断れるような空気ではなかった。
“な~に、今までみたいに暴れ回って楽しんでくれば良いのだ!”
そんな風に感じ始めたら、口からスラスラとほとばしる言葉になっていた。
内心、“ナニ言ってんだろう、わたし”って思いながら先生やリナの言う通りにするのがベストなんだと心に決めてしまったわたし。
そしてリナは×月×日の〇〇時にここを襲うようにと指示している。
わたしが総統官邸を徹底的に破壊した後は、国防軍が一斉に蜂起して関係機関を抑えてリナが臨時首相に名乗りを上げる手はずになっていた。
全ては筋書き通りになっていたのだ。
大破壊を実行するわたしはこの壮大なる計画の単なる一つの歯車にしか過ぎないんだと、感じ始めていたわたし。
さあ、今更断れないし、もう先生には実行するって言っちゃったし・・。
今までトリップするのにこれ程悩んだ事があっただろうか。
リナや先生に洗脳されているんじゃないかと疑心暗鬼になってしまうわたしだった。
わたしって、情けないのかもしれない。
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