第195話・わたし、こどもが大好きなの!
「ボクッ?お名前は?」(リリア)
まだ幼いちっちゃな男の子は彼女の問いかけに下を向いたまま応えることすらできなかった。
「おねえさんの事、コワい?」(リリア)
「困ったなあ・・、」
「わたしは、コワくありません!」
「わたし、こどもが大好きなのよ。」
「ボクを傷つけたりなんて、」
「絶対にしません!」
「だからァ、お名前を教えてくれる?」
彼女は困ったような表情をしているが、イライラしてる風でもなく優しく語りかけている。
すると、小さな声でやっと口を開いた彼。
「陸翔。」(男の子)
「あらっ、陸翔君って言うんだ。」(リリア)
「かっこいい名前ねぇ!」
「こんにちは、陸翔君!」
「わたしはリリアっていいます。」
「正義の味方のおねえさんなんだよ。」
「今、わたし達、」
「ちょっと困った女の人を探しているの。」
「陸翔君もおねえさんの事、」
「手伝ってくれるかなあ。」
終始優しい口調で彼の頭にレザーの手袋を嵌めた右手を置いて、左手で彼の両手をしっかりと握りしめながら話す彼女。
男の子の頬に引っ付くくらいに顔を寄せてささやきかけている。
この子の母親は20代半ば位の綺麗な女性で、恐怖で完全に凍り付いていて身動きすらできないでいた。
ただリリアが彼にとても優しく接しているのが救いだった。
母親が下手に騒いで取り乱すとリリアの怒りを買いかねないから、このままでいいと思ったわたし。
それほどまでに現場のリリアには威圧感があった。
「ほらっ、陸翔君、あそこにカメラがいるよ。」(リリア)
「ちょっと、手を振ってごらん。」
リリアの言葉に小さく手を振る男の子。
「よくできました!」(リリア)
「ありがとね!」
“ちゅっ”
そういうと、彼女は彼の頭を優しく撫でながら彼の頬に軽くキスをした。
今までの恐ろしい行動とは裏腹に、均整の取れたスタイルにブロンドヘアの美しい顔立ちの彼女。
この子と接している間は本当に優しいおねえさんだった。
すると彼女は彼の耳に口を当てて何やらささやいている。
彼がかすかにうなずくと彼女は再び右手で彼の頭を撫で始めた。
そしてカメラの方に向かって指さす仕草をする彼女。
こちら(カメラ)に向かって男の子が何か言っているようだった。
最初は聞き取れなかったが報道カメラの音声チームが上手く調整してくれたのか、今度ははっきりと聞こえて来た。
「リツコおねえさんに、」(男の子)
「会いたいな!」
「歌のおねえさんに、」
「会いたいな!」
わたしは最初この子が何を言っているのか全く理解できなかった。
“歌のおねえさん?”
“えっ、なんのこと?”
“ハァ?”みたいな。
すると今度はリリアが先ほど握りしめていたスマホをポケットから引っ張り出して男の子に手渡した。
彼はクリクリっとした目でこちらを見つめながら渡されたスマホをかざしている。
“そういう事か。”
“結局はわたしに電話をしろって事なんだわ。”
「りんりんりりん、りんりんりりんりん、」(リリア)
「りんりんりりん、り~んりりりりん」
男の子の顔の横で微笑みながら鼻歌を歌い始めたリリア。
“そういう事だったか。”
どこまでもわたしの事を皮肉って晒し者にするつもりなんだと思った。
向こうの世界で巨大化して暴れながら口ずさんだこの歌。
フィンガーファイブの“恋のダイヤル6700”である。
わたしのテーマソングみたいな曲だった。
するとリリアの周囲のレディース達も鼻歌を歌いだし、この子もニコニコしながら嬉しそうに彼女達の歌を聴いている。
「律子!」(リリア)
「みんな、あなたの歌を聞きたがってるみたい。」
「とにかく怖がってないで、電話しなさいよ。」
「わたしはもう誰も傷つけたくないんだから。」
本心なのか、それともフェイクなのか、一般の人でも平気で殺す彼女の言葉をすぐに信じられるはずも無かった。
でもわたしがシカトを続けると人質がどんな目に遭わされるか分からない。
まさかこの男の子を殺すとは思えなかったが、彼女ならやりかねないとも感じていたわたし。
体を小刻みに揺らしてリズムを取りながら歌い続けるリリア。
「よいしょっ!」(リリア)
「いぇ~い!」
身長90cm位の小柄な男の子を抱き上げた彼女。
「ほらっ、わたしと一緒に歌おうよ!」(リリア)
「りんりんりりん・・」
今度は鼻歌ではなく、ちゃんと歌い始めた彼女。
意外と歌唱力があって、周囲のレディース達はリリアの主旋律に合わせてハーモニーを形成している。
殺戮や破壊を繰り返す彼女達の声はとても美しく、テレビの画面からはわたしとは比べ物にならない程の綺麗なコーラスが響いていた。
「ほらっ、みんなも歌って!」(リリア)
人質の母親と女子職員2人にも歌の輪に入るように促す彼女。
事情を全く知らない人質達と視聴者にとっては全く意味不明な異様な光景だったろう。
それでもまるで教祖のように振る舞うリリアには誰も逆らえなかった。
満足げな笑みを浮かべながら抱き上げた男の子を可愛がる彼女。
すっかりいいおねえさんを演じている。
その時だった、突然わたしの携帯が鳴った。
「律子さん。」(里美)
「ちょっといい?」
先生からの電話だった。
「どうしました先生?」(わたし)
「リリアに連絡してちょうだい。」(里美)
「いいものが用意できたのよ。」
新たな作戦の開始だと思ったわたし。
次回の更新は10月22日(日)になります。