第186話・由美を殴る蹴る、のはずが・・
「いったい、どういうつもりなのよっ!」(わたし)
叫ぶのと掴み掛かるのがほぼ同時だった。
ところが・・。
「何すんのよ~!」(由美)
「落ち着きなさいってば~!」
由美の胸ぐらを掴もうとしたわたしをスルリとかわした彼女。
小憎らしいくらいに落ち着いている。
「エイッ!」(わたし)
かわされてつんのめりそうになったわたしだったが、すぐに体勢を立て直して由美の腹部に蹴りを入れた。
「やめなさいよォ~!」(由美)
わたしが思いっきり打ち込んだはずのブーツ蹴り・・。
ところがわたしの右脚は彼女の両手でしっかりとガードされて、逆に彼女の右手でガッチリと掴まれてしまった。
「わたしがあなたに何をしたって言うのよ!」(由美)
「乱暴しないなら、この手を放してあげるわ。」
そう言いながら由美の右手はわたしのふくらはぎを締め上げ、彼女のベージュの革製ロング手袋がわたしのブーツに食い込んでいく。
「ああァ!」(わたし)
思わず凄まじい痛みに歪むわたしの顔。
そうだ、忘れていたが彼女は等身大であっても鏡の力で鋼鉄のような体とパワーを持っているのだ。
“しまった!”と思ったわたしだったが、意外にも彼女はわたしを攻撃する気が全くなさそうなのだ。
「痛いじゃない!」(わたし)
「さっさと放しなさいよォ!」
「だってあなたがわたしに暴力振るうからよ。」(由美)
「とにかく、落ち着いて下さい!」
わたしは観念して足の力を抜いた。
すると彼女も締め上げていた右手の力を抜いて放してくれた。
「いいですか!わたしはトリップ中だからあなたよりも強いんです。」(由美)
「解りますよねぇ?」
「だから、落ち着いてわたしの話を聞いて下さい。」
あの生意気なオンナがきちんとした口調に変わって驚くわたし。
“この子、いったい何なんだろう?”
とにかく分の悪いわたしは彼女の言う通りにするしかなかった。
こうなったら舌戦で論破してやろうと身構えるわたし。
「散々あんな酷い事して、許されると思ってんの?」(わたし)
「いったい、何人犠牲になったと思ってるのよ!」
「あなた一人で1万人以上殺したのよ!」
「それは、否定しません。」(由美)
「わたし、かなり酷い事をしたって自覚しています。」
「本当に、ごめんなさい。」
言い返すどころか、しおらしく謝罪の言葉を口にする彼女にびっくりするわたし。
“ごめんなさい”も皮肉っぽくわたしの口調を真似したものではなく、本心からの謝罪だったようだ。
「今さら、何よ!」(わたし)
「謝るんなら、どうしてあんなに面白がって暴れたのよ?」
それでも尚、彼女につっかかるわたし。
「理由はちゃんとあります。」(由美)
「わたしだってあんな事、本当はしたくはありませんでした。」
「でもリリアさんに常に監視されているんです、わたし達。」
「元の世界に戻った後で、彼女VTRをチェックするんですよ。」
「わたし達の暴れっぷりを見て、次回のトリップに連れていく女性を決めてるんです。」
「どこで、VTRなんか撮ってるのよ?」(わたし)
「実はリリアさん、暴れた後でこちらの世界のテレビ局に押し入って報道番組の録画データを押収しているんです。」(由美)
「大きなニュースにはなっていないみたいですけど、」
「かなり強引に奪い取って、姿を見られた人も全員殺してるみたいなんです。」
「彼女は本当に恐ろしい人なんですよ。」
「でもわたし以外のレディース達は、単に暴れたい欲求を抱えている子達なんです。」
「だからパフォーマンスで面白半分に大勢の人を踏み殺したっていうの?」(わたし)
「許されると思ってるのかしらァ?」
「確かに、わたしだってあなたの言う通り酷い事をしてきたわ。」
「でも、今のわたしは変わったのよ。」
「わたしは律子さんがわたし達の世界で暴れ回っていた記録を全て観ました。」(由美)
「それは酷いもんでしたよ。」
「わたしのした事なんて比べ物にならない位、ヒドかったです!」
彼女の言葉にすっかり黙り込むしかないわたしだった。
「ごめんなさい!」(わたし)
「面白半分に何万人も殺しちゃったのはわたしです。」
「でも、今はもの凄く反省しています。」
「あんな事、しなければよかったのにって思ってます。」
何だかわたしまで口調が変わってしまっていた。
「あなたの世界にトリップして、」(わたし)
「暴れて、」
「壊しまくって、」
「踏み荒らして・・。」」
「でも、こっちの世界に戻ってくると、」
「なんだか、白昼夢でも見ていたみたいに、」
「実感がわかなくて・・。」
「人を殺したっていう、そのォ・・。」
「わたしが、本当に人を大勢殺したのかなって・・。」
「あなたも判るでしょ?」
「この感覚。」
「あれほど巨大な体になって初めて律子さんの感覚が理解できました。」(由美)
「仕方なかったなんて言い訳はしません。」
「わたしが踏み殺した大勢の人達の事・・。」
「わたしは一生涯背負っていかなければならないって、思ってます。」
「でも、どうしてここに来たの?」(わたし)
「もしかして、わたしに会うため?」
「どうしてわたしがここに来るって知ってたの?」
「律子さんが今、過去の過ちを後悔して苦しんでいるって、」(由美)
「解ってました。」
「散々わたし達のした事を見せつけたら、そう思うはずだって、」
「わたしは信じてました。」
「ならば、必ず律子さんは生意気なわたしが大暴れした現場を見に来るって、」
「思ってました。」
この少女は予想外に頭の切れる生真面目な優しい性格なんだと思い始めたわたしだった。
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