第143話・リリア襲来
リリアの手に握られた手鏡を見つめながら扉を閉めるわたし。
何だか、とても嫌な気分になって来た。
そんな気持ちを押し隠しながら次の扉を開けて元の世界に戻って来たわたし達。
「あの人達、やっぱり悪党だったってこと?」と美由紀。
「そうよねえ、罪もない人達を殺すなんて・・。」と正美。
「わたし達、テロリストを解放しちゃったって事なの?」と怪訝そうな表情の奈美江。
そんな彼女達に不安な気持ちを悟られまいとするわたし。
「あっちの世界の事だから、わたし達には関係ないわよ。」
「今日はこれで解散よ!」
そう言いながら一刻も早く一人になりたいわたしだった。
「じゃあ、また!」と正美。
彼女達が着替えに行くのと同時にわたしも足早にその場を離れた。
一旦自分の部屋に戻って来たわたしはコーヒーを入れてひと息入れた。
❝彼女の持っていた手鏡、わたしのと同じデザインだった。❞
と何度も別れ際の光景を思い起こす。
❝どういう事なの?❞
それに、相手がナチの奴らとはいえ冷酷なまでに殺しまくっていた彼女。
まさか、国外退去の人達まで殺すなんて信じられなかった。
頭の中を整理して考えてみれば、あの収容所に収監されていたのは筋金入りの女テロリスト集団だったのだろう。
大義の為とか、正義の為、と言いながら暴れたり壊したりする事に生きがいを感じている様子の彼女達を解き放った事に、後悔の念が込み上げてきた。
そんな気持ちを落ち着かせようと、何気なくテレビをつけてみる。
「臨時ニュースをお伝えします!」
いきなりテレビ画面に緊急速報が流れている。
画面をよく見ると東京都心の上空が緑色に輝いている。
「あれは・・。」
思わず息をのむわたし。
いつもわたし達がトリップする時に現れるあのグリーンの閃光が都心を覆っている。
しばらく画面に見入っていると徐々に巨大な扉が上空に出現し始めた。
わたしの嫌な予感は確信へと変わりつつあった。
「まさか・・。」
言葉にならない程動揺しているわたし。
この後起こるであろう惨事は容易に想像できた。
「上空に巨大な扉のようなものが現れました!」
ニュースレポーターが叫んでいる。
そしてゆっくりと開き始めた扉の向こうから巨大な人間が姿を現した。
ダークブラウンのロングブーツを履き、色落ちしたスキニータイプのジーンズを履いた巨大な女が扉の中に立っている。
濃いネイビー系のジーパンの膝の辺りはすっかり色落ちして薄黄色っぽく変色し、股から太もも、足の付け根にかけて何本もの色落ちヒゲが刻まれている。
上半身は濃い赤地に黄色いチェック柄のシャツを着ていて、おへその辺りでリボン風にキュッと絞っている。
手には薄いベージュ系の革製ロング手袋をはめた鮮やかな金髪をした美人だとわかった。
「リリアだ!」
すぐに彼女だとわかった。
身長は165mはあろうかというくらい巨大だった。
そしてゆっくりと東京の街に足を踏み下ろす彼女。
❝ズッシーン!❞
❝ズッシーン!❞
彼女が降り立ったのは代々木公園だった。
足元を気にする事もなく口元を緩めながら両足で仁王立ちする彼女。
彼女が降り立つのと同時に巨大な扉はスッと消えた。
「巨大な外国人の女性が現れました!」
「代々木公園が踏み潰されています!」
レポーターが絶叫している。
かなり遠方から撮っているカメラにようやくリリアの全身が映っているが、別のアングルのカメラ映像は代々木公園が映し出されていた。
巨大なブーツのソール部分が画面いっぱいに映し出されていて、周囲は土煙に覆われていた。
❝わたし達が今まであっちの世界でやってきた事って、こんな感じなんだ・・。❞
とあらためて小人の世界から見るトリップの恐怖を実感させられるわたし。
すると突然携帯が鳴った。
「もしもし、律子です。」
電話の相手は正美だった。
「あれって、リリアよねェ?」
「なんで?」
「どうしてなの?」
混乱状態の彼女。
「わたしにもどうしてか分からないの。」
それ以上の言葉が出てこない。
「今、みんなとそっちに行くから。」
そう言って正美が電話を切った。
それにしてもどうも変だ。
リリアがわたしと同じ魔法の手鏡を持っていたとしても、あの大きさになってやって来るには30年経たなければならないはずだ。
ところが今、眼前に映っている彼女はさっきまで一緒にいた時と殆ど変わらない歳頃である。
コスチュームは黒いブーツからダークブラウンのブーツに変わっているし、ブラウスも青系から赤系のチェック柄に変わっている。それにベージュ系のロング手袋もはめている。
❝これって、いつものわたし流コーデだわ!❞
とそのファッションそのものがわたしのトリップ時のコスを真似ているものだとすぐに気づいた。
❝これから彼女、どうするつもりなんだろう?❞
と不安の気持ちが増幅するわたし。
❝わたしもトリップしてみたいなあ!❞
という彼女の言葉を思い出す。
腰に手を当てて足元を見つめ続ける彼女。
口元は不気味にニヤリとしていて、冷酷な彼女の性格そのままの表情だ。
軽々しく呪文を教えてしまった事を後悔し始めるわたし。
❝しまった!❞ と今更実感してもすでに遅かった。