第117話・わたしに逆らうと逮捕するわよ!
思った通りこの町に駐屯するドイツ軍守備隊がわたし達に向かって進軍してきた。
「あれって、この国の軍隊ですかね?」とのんびりした感じの正美。
サイドカー部隊を先頭に新型のタイガー戦車10両に高射砲をけん引した装甲車20両、それに歩兵部隊を載せたトラックも20台メインストリートにぎっちとり並んでいる。
わたしはとっさに正美の後ろに隠れた。
「わたしに任せてください!」と言って仁王立ちになる彼女。
❝ズシーン!ズシーン!ズシーン!❞
ゆっくりと道路を陥没させながら進むわたし達。
戦車隊が停止して早速発砲準備に入った。
「危ない!」といって両手で顔を覆う彼女。
次の瞬間、戦車隊の砲撃が一斉に始まった。
❝バーン!バーン!バーン!❞
それと同時に歩兵部隊もトラックから降りて散開し高射砲の準備を始めた。
足元にやって来たサイドカー6台も機銃射撃を始めた。
❝パパパパパパパパッ!❞
「なにこれ?」
痛いどころか殆ど何も感じない彼らの武器のショボい威力に拍子抜けの正美。
「彼らの武器って、わたし達には効かないみたい?」
と今更ながら驚く彼女にわたしが答えた。
「驚かしちゃってごめんなさい、そうなの。」
「この世界ではわたし達は無敵なの。」
「だから思う存分暴れちゃっていいのよ!」
と言って彼女を促す。
「でもわたし達が暴れたら、大変な事になりますよねェ。」
とノリの悪い彼女だったが戦車隊の前で一旦しゃがみ込んだ。
「ちょっと失礼しま~す!」と言って突然先頭の戦車の砲身を指でつまんでグニャリと折り曲げた。
そのあとも立て続けに戦車隊の砲身を「えいっ!」「それっ!」という可愛らしい掛け声と共にグニャグニャにしていく彼女。
足元の兵士達が銃撃していても一向にお構いなしだった。
あっと言う間に10両の戦車は砲撃できなくなり無力化された。
すると先頭の戦車を右手で掴み上げた彼女。
「お~い、出てきなさ~い!」
「公務執行妨害で逮捕しますよ!」
と言いながら人差し指で砲塔をつつく。
彼女は軽くつついているだけだったが、恐らく戦車内には❝ガンガン!❞と凄い音が響き渡っていることだろう。
恐怖で凍り付いた戦車兵は誰も出てこない。
「仕方ないなァ、じゃあこうするわね。」
そういって今度は親指と人差し指で砲塔を摘まんで無理やり引き剥がした。
「それっ!」
❝ギュリッ!❞
そして正美が内部を覗き込んだ瞬間だった。
❝パン、パン、パン!❞
乾いた音が響いた。
中の戦車兵が正美の顔に向かって銃を乱射したのだ。
その豆鉄砲の弾が彼女の鼻の穴を刺激したらしい。
「へッへッ、クシュ~ン!!」
思わず豪快にクシャミをする彼女。
わたしもかつてトーチカの銃眼を不用意に覗き込んだ時に同じ目に遭った。
❝あの時と同じ。❞と思った。
クシャミをした瞬間、手に無意識に力が入ったのか右手に摘まんでいた砲塔はグシャリと潰れ、左手に乗せていた車体も少しへしゃげてしまった。
調子に乗って銃撃をしたまでは良かったが、いきなり正美がクシャミをしたから竜巻のような彼女の息と唾が一斉に彼らに襲い掛かった。
手にしていた拳銃は吹っ飛び、正美の口から飛び出した大量の唾の高速飛沫が彼らの体中をベトベトにした。
「ごめんなさい!わたし、ツバをたくさん飛ばしちゃったみたい。」
そういって戦車の車体に引っ掛かった唾を拭おうと指先をこすり付ける彼女。
狭い戦車内には正美の強烈な口臭と指で擦られて乾いた唾の臭いが充満しているようだった。
「でも、いきなり銃撃なんかするからよ。」
「レディーの顔に向かって撃つなんて、許せない!」
そういって車体を握りしめる手に力を入れる彼女。
ギシギシとゆっくり潰され始めた車体から5人の戦車兵が慌てて出てきた。
そして正美のシルバー手袋をはめた手の平の上でへたり込んでしまった。
「最初からそうしなさい!」
「でなければ、わたしもこんな乱暴な事はしません!」
「わたしはあなた達の命まで奪おうとは思ってないから。」
少し厳しい口調だったが優しい表情で語り掛ける彼女。
5人の戦車兵を右手に乗せ換えると足元に丁寧に降ろしてあげた。
解放された彼らは足早に部隊の方へと戻っていった。
今までのわたし達とは真逆の態度に正直驚いたわたし。
そんなわたしをしり目に、今度は再度しゃがみ込んでへしゃげた車体を部隊に示す彼女。
「いいこと!わたしは県警白バイ隊シルバーリリンズの工藤正美といいます。」
「すみやかに武器を捨てて、わたし達に降伏しなさい!」
「わたしは皆さんに決して危害は加えません。」
「でも、あくまでわたし達に逆らうのならこうなります。」
❝ブシュ~!❞
彼らの目の前で思いっきり握りしめていた無人の戦車を握り潰した彼女。
「こうなるんだからねェ!」
そういってグシャリと潰れた車体を彼らの眼前にゆっくりと置く彼女。
砲身の曲がった戦車の乗員達は慌てて外に出て後方に引き上げ始めた。
シルバーのロングブーツにシルバーのロング手袋をはめた彼女。
白いヘルメットを被り凛とした表情は美しく、しゃがみ込んだ姿勢から一気に立ち上がると更に巨大に見えたことだろう。
辺り一帯を優しく包み込む彼女のオーラがドイツ軍部隊の攻撃を完全に沈黙させた。
「踏み殺したりしないから、わたしの足元に集まりなさい!」
そういって更に降伏を促す彼女だった。
そんな正義の味方の巨大な白バイお姉さんに向かって準備が整った88mm高射砲の一斉射撃が始まった。