第104話・恐れていた事が現実に・・
真っ白な煙が幸恵の口や鼻から噴き出す光景は異様そのものだった。
そして、気分が悪くなるような強烈な悪臭が辺りを覆い始めた。
強い化学薬品の入り混じった腐敗臭である。
わたしは思わず両手で鼻と口を覆った。
すると今度は彼女の上半身からもユラユラと煙が出始めている。
「ゴォォ~!、グゥゥゥ~~!!」
何とも薄気味悪い唸り声をあげながら両手で喉を抑えてドタバタと歩き回る幸恵。
❝グジャ!グシュ!グジュ!ジュリッジュリッ!!❞
彼女のブーツが足元に並ぶ列車やプラットホームを粉々に踏みにじっている。
「ウォ~!!」
❝グッシャ~ン!!❞
千鳥足で散々辺りを踏み荒らした彼女、最後は自分の足がもつれて10階建てのターミナルビルに倒れかかった。
凄まじい土煙とともにひっくり返る彼女。
彼女の巨体を支えられるはずもなく哀れなターミナルビルは一瞬で崩壊し瓦礫の山となった。
そんな光景をじっと見つめ続けるわたしだった。
もう破壊を楽しむなんていう次元ではなくなった。
幸恵がどうなってしまうのかと思うと心臓がバクバクし始めて吐き気すらしてきた。
「あれっ!何かしら?」
オレンジ色の小さな物体が彼女の口から飛び出して上空にゆっくりと上がっていく。
❝火だっ!❞ と思った瞬間、幸恵の顔が赤くなり始めた。
両目からは血がにじみ出し、顔中が煮立ったように真っ赤になっている。
あまりの苦しさに両足をバタバタと激しくバタつかせる彼女。
巨大なブーツのヒールが瓦礫の散乱した地面を打ち砕く。
❝燃えてる・・。❞ と思った瞬間だった。
❝ボッ!❞ とお腹のあたりが炎に包まれた。
体内発火である。
❝さっきの奴らが幸恵の体内に何か仕込んだんだわっ!❞
先ほど幸恵の口からドロドロになって吐き出された防護服の兵士達が彼女の体内に化学兵器のカプセルを置いてきたのだ。
そのカプセルが溶けて化学反応し、幸恵の体内から発火したのだった。
炎はみるみる内に幸恵の上半身を包み込み頭部も真っ赤に燃え上がっている。
もはや彼女は動くこともなく真っ白に汚れたブルージーンズとロングブーツもすぐに火に包まれた。
フッと我に返ったわたし。
急に激しい吐き気に襲われてその場で嘔吐してしまった。
ゲロゲロと足元に吐きまくるわたし。
ドイツ軍の兵士達も燃えさかる幸恵と吐きまくるわたしには到底近づけなかったようだ。
❝もう、帰らなきゃ・・。❞ と思った瞬間あたりが緑色に染まり時空の扉が現れた。
わたしは振り返ることもせずに扉を開けて中に入り元の世界に戻ってきた。
❝幸恵さん、死んじゃったんだ・・。❞
そう思うと無性に悲しくなって涙があふれ出してくる。
でもこん事誰も信じるはずもなく、どうしたものかと悩み始めるわたしだった。
わたしの眼前でありえない事が起こったのだ。
無敵のジーパンレディーが小人どもに倒されたのだ。
わたしの中ではナチの奴らへの憎しみが何倍にもなって増幅し始めていた。
連絡のつかなくなっているりんり~ずのメンバーにはとてもこんな話ができるはずもなく、麻美にも話す気にはなれなかった。
❝これはわたしだけの秘密にしよう!❞
そう心に決めたわたし。
実は幸恵が行方知れずになってしばらく経つが、職場でも欠勤扱いになっていて大騒ぎにもなっていなかった。
誰にも話せない秘密を抱えたまま怒りとうっくつした感情に支配され続けるわたし。
もう気軽にそして遊び半分に小人達の街に暴れに行くことはできない。
今回はたまたま幸恵が犠牲になったが、それがわたしだったらと思うとぞっとした。
あのタイミングで薬剤を浴びていたのがわたしだったら今頃はあの世である。
でも、このまま怖がっていて何もしない訳にはいかない。
わたし的には思いっきり大暴れして幸恵の仇を取ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
そして、ふとある考えがよぎった。
幸恵さんとタイムスリップした頃に合わせて行けば彼女に警告して救い出せるかもしれない。
でもそうなるともう一人のわたしと会う事になる。
これって本当に可能なんだろうか?と思った。
しかし、やってみる価値はあるので次回10日後のトリップデーでとにかく試してみることにした。
わたしは次回に備えてレインブーツやジーパン、ゴム手袋を消毒する作業にかかった。
泥々に汚れた白いレインブーツ、靴底の細かい溝には残骸片がギッシリと詰まっていた。
そして白いロングタイプのゴム手袋もどす黒く汚れていた。
ジーパンは何年も洗っていなかったが、少なからず薬品や幸恵の吐いた唾が掛かっていたから念入りに洗った。
ジーパンやブラウスに青いナイロンジャケットを洗濯機に放り込んで回したら水が薄茶色になった。
❝キモい~!❞と思いながらも丹念に洗うわたし。
ブーツの汚れはタワシでゴシゴシと落とした。
レザーのロングブーツだったら廃棄処分にするところである。
一通り洗浄作業も終わったのでベランダにジーパンレディーコスの一式を干すわたし。
トリップするのにこんなに身構えて気を引き締めた事がなかったので、何だかとても新鮮な気持ちで闘いに行けるわたし。
❝さあ、いよいよトリップして彼女を救うんだ!❞ と高揚するわたしだった。