ナノマシンについて(上級編) その二
・無機分子型ナノマシンの可能性について
「分子機械」を知る前までは、ナノマシンが小さなICチップみたいな機械だと思っていた方もいらっしゃるのではないでしょうか? 実は、黒葉もその一人です。
前の項目では、(有機)分子機械にもいろんなリスクがあることに触れました。ここでは、金属やシリコンのような無機物質によるナノマシンについて考えてみたいと思います。分子機械と違って自己分裂しないので安心では? と思った方。無機分子型ナノマシンにも、割と多くのリスクがあるようですよ。
ここにきて気づいたのですが、無機物質を用いたナノマシンも、「分子機械」の一種のようです。しかし、金属やシリコンの分子が生体内で活動する様子がどうにも思い浮かべられないため(一応、藤真千歳氏の著書、「スワロウテイルシリーズ」に登場する微細機械はこれにあたりますが、おそらく無機分子と有機分子の複合体だと思われます)、ここで言う「無機分子型ナノマシン」はごく小さなICチップのようなものだと定義したいと思います。他では使えませんのでご注意ください。
「無機分子型ナノマシン」が明確に登場する作品は黒葉が知っている限りではありません。やはり「分子機械」といったらタンパク質のほうが多いんですね。(知っている方がいたらこっそり教えてください)
無機分子型ナノマシンは(どう略そう……)有機分子の分子機械とは、その役割が大きく変わってきそうです。まず、K型のように生体内の化学反応に干渉できないため、化学的な干渉はできません。そのかわり、金属分子で構成されるため、電気的な能力は有機分子機械よりも優れています。半導体の技術を取り入れれば、有機分子ナノマシンよりもたやすく体外への相互通信ができるようになる可能性は高いでしょう。
しかし、最近のICがかなりの高密度で回路を形成できるようになっているとはいえ、500ナノメートル以下の大きさで十分に機能するICチップを作るのは困難です。現在の技術で電気を通す導体部分が90ナノメートル程度なので、横に導線を五本通すのがやっとの状況です。(この文書を執筆後にこの分野に詳しい知人に聞いたところ、20~30ナノメートルぐらいまで導線が細くなっているようです。技術の進歩は速いんですね)
とはいえ、加工技術的には500ナノメートル以下のICを作るだけなら可能だと思われます。そもそも、90ナノメートルという光学顕微鏡では見ることのできない大きさ(光学顕微鏡で見ることができるのはせいぜい200ナノメートル程度まで)の導線を作るために、様々な加工技術が用いられているのです。例としてレーザーによる加工や、感光材料と腐食性物質を使ったエッチング加工などがあります。現在よく用いられているエッチング加工では、化学反応によって金属部分を選択的に溶かすことによって、ナノサイズでの加工を可能とします。このような技術によって、形だけなら無機分子型ナノマシンを作ることができるはずです。
しかし、そうして作ったナノマシンを動作させるのは、現在の技術では不可能です。というのも、非常に細い導線を通るような微弱な電流を、集積回路内のトランジスタが扱いきれないからです。
黒葉は電気系の専門ではないので、あまり詳しいことは分からないのですが、このまま集積回路を小さくしていっても導線が10ナノメートルぐらいになったところで限界を迎えるそうです。その上消費電力が増えてしまうようなので、ナノマシンとして動作させることはできないでしょう。
集積回路の限界は「無機分子型ナノマシン」を作る大きな障壁になりますが、現代の科学はこの限界を超えようとしているようです。
例えば、情報伝達に電気ではなく、光をつかうものがあります。いわゆるフォトニクスうんたらかんたら、というやつですが、黒葉がAstronautsで登場させた「フォトニクス結晶コンピュータ」というものこれが元ネタです。現在では光通信などで使われる程度ですが、電子と違って熱をあまり持たず、使いようによっては従来のものよりもさらに密度の高い集積回路を作ることができるのではないかと注目されています。
他にも、調べた限りでは、集積回路に使われる半導体中がトンネル効果を起こすことを利用してさらに微細な電流での扱えるようにするという技術も開発されたりしたそうです(北海道大学すげー)。
というわけで、「無機分子型ナノマシン」は他の多くの未来技術と同じように、決して実現不可能な機械ではないようです。
最初に述べたとおり、「無機分子型ナノマシン」の長所は扱えるエネルギーが有機分子のものに比べて大きいことです。「スワロウテイルシリーズ」に登場するちょっと大きなマイクロマシンは、その本体を構成する金属(恐らくリチウムとかナトリウムとか)を還元して大量の電力を蓄え、他の場所へと輸送したり空気を浄化したりしています。
携帯電話のバッテリーにリチウムイオン電池が使われているように、金属原子は使い方によっては非常に効率のよい二次電池となります。金属原子をバッテリーとして用いれば、瞬間的に大きなエネルギーを放出することは可能でしょう。そして、ナノマシンの動力に何を使うのかという問題には、恐らく「生体電気」が大きなカギになってくると思われます。
生体電気は、その名の通り生物が発する電気のことです。SFを読んでいなくても、ナルトとかのマンガを読んでいるなら生物が身体内の情報伝達に電気を使っていることをご存じだと思います。さて、この生体電気ですが、神経を伝わって伝達されるのはいわずもがな、細胞にも電位差を与えているのです。調べた限りでは、ナトリウムイオンが細胞内に一時的に流入することによって電位差が発生させているようです。つまり細胞にもある程度電気が流れているんですね。
この電位差を、神経信号の伝達を妨げない程度に拝借し、ナノマシン内のバッテリーに少しずつ充電していけば、なんとか「無機分子型ナノマシン」は動かせそうです。
では、この「無機分子型ナノマシン」。実際に開発されたとしたら、どのような場面で使用されることになるのでしょうか?
まず挙げられるものとして、「スワロウテイルシリーズ」でも使われる「エネルギーの運搬」があります。これは人間の体内に限ったことではなく、空中を浮遊するような微細機械ならばその空間にある電気製品に電気を送ることができるでしょう。人間の体内で使うようなナノマシンの場合、体内にまた別の電子機械を入れている場合、そのエネルギーを供給する役割が果たせそうです。またその金属元素の還元力を使って空気の浄化もできそうではあります。
もちろん、ナノマシンそれ自体で発信機にするのならば、注射とか飲食物にナノマシンを紛れ込ませるなど、諜報の世界で活躍することになるかもしれません。(とはいえ、これまで無機分子型ナノマシンは有機分子のナノマシンよりも扱えるエネルギーが大きいと論じましたが、それでも体外に電波を発せられるかどうかは微妙です。誰か計算できる人カモン!)
特に、エネルギーを運搬する、という点について無機分子型ナノマシンが活躍する場は多いでしょう。分子機械のナノマシンではなかなか体外に電波を発するのが難しいですから、無機分子型ナノマシンが代わりに電波を発したり、また電波を発する機械に電力を供給したりすることによって分子機械のナノマシンだけではカバーできない場所をフォローすることができるでしょう。
この型のナノマシンにも、欠点があります。金属原子で構成されているため、分子機械のナノマシンと比べて突然変異を限りなく起こしにくいです。そのため性能は安定しているはずですが、人体にとってはあまりよくありません。
アスベストの被害について、知っている方は多いと思います。ごく小さく針状の繊維であるアスベストは、肺に入ると酸素を吸収する機関である肺胞を壊します。肺胞は小さな袋状ですが、細く長いアスベストはこれを貫いて穴を開けてしまうのです。
カーボンナノチューブでも同じようなことが危惧されていたりしますが、無期分子型ナノマシンもこの例に漏れません。金属原子でできたナノマシンが血中を泳いでいると血管を傷つけたり、細胞膜に傷をつける可能性があります。これががん化のリスクを高める可能性があるというわけですね。
ですが、これはまだまだ未来技術。いつかこのリスクを解消する、私たちが考えもしないような技術が生まれるかもしれませんよ。