麒麟
星が、産まれてから5年後。
「終にぃー!!あそぼー!!」
「ああ、わかった。ちょっと、待ってくれ。」
終は、玄関の前で自分を呼んだ星にそう言った。
ここは、村の玄関口にあたる場所。彼の家はここにある。
終は、部屋にあった自分の剣を背に担ぐと、そのまま外に出た。
外に出ると、彼の妹分である星がいた。
「終、昼には帰って来るんだぞ。」
「はい。それじゃ行ってきます。」
終は、母にそう言うと星と一緒に遊び場に向かった。
~村の郊外~
「さて、星。今日は何して遊ぼうか?」
「きのうは、私が決めたから。今日は終にぃが決めてよ。」
そう言われて、終は少し考えると
「じゃあ、昨日はかくれんぼだったから。今日は追いかけっこにしようか。」
そう言うと、星は笑顔を浮かべて。「うん!」と頷いた。
「それじゃ、初め俺がオニな。今から十数えるから、なるべく遠くに逃げろよ。」
「わかった!ぜったい負けないからね、終にぃ!!」
その言葉を聞くと、終は微笑んだ。
「ああ、その意気だ!じゃあ、数えるぞ。ひと~つ・・・」
彼が数え始めると、星はすぐに逃げ出した。
終は、十まで数えるとすぐに星を追いかけた。
終と星の間には、一町(約110m)ほどの距離があった。
彼はぐんぐんと距離を詰めていき、手を伸ばせば捕まえられるところまで距離を縮めた。
そして、逃げる星に手を伸ばして、捕まえようとしたとき。
星は、その手を避けて逃げた。終は逃げる星を追いかけて手を伸ばす。
星はその手をひらりとかわす。
こんなことを、一刻(2時間)ほど繰り返し太陽も真上に昇った。
二人は、お互いに向き合って相対していた。
終は、追いかけっこを始めた時と変わらず涼しい顔をしていた。
だが、星の方は肩で息をしていた。
「んじゃ、そろそろ終わらせるか。」
そう言うと終は、星との間合いを一気に詰め手を伸ばす。
「っ!!!」
星は、その手に突っ込む形でよけようとした。
だが、終はそれを読んでいたかのように星の進行方向に合わせて手を置いた。
「俺の、勝ちだな。」
捕まえた星に向かって、終はこう言った。
「まけちゃった~。」
それに対して、星はそう言った。
「もう!終にぃ!手加減なしで来るなんてずるいよ!」
星は、怒ってそう言った。
「いや、だって昨日『次は手加減なしだよ!』って言ってただろ?」
(かくれんぼに加減があるかどうかは知らんが・・・)
「だからって、全力で来ることないでしょ!!!」
怒る星に向かって終がそういうと、星は顔を真っ赤にして怒った。
「全力出したのはおまえを捕まえたあの一瞬だけだ。
その前はだいたい7割ぐらいで追っかけてた。
でも、おまえはそれから昼になるまで逃げ続けた。
つまり、おまえはほぼ全力の俺と同じ程度の力を持ってたってわけだ。
だから、俺は最後に全力をだしたんだ。おまえに手加減は必要無い、と思ったからな。
それに・・・」
「それに?」
終は、星を見てニカリと笑った。
「・・・兄貴分が妹分に負けちゃかっこ悪ぃだろ?」
「・・・終にぃ大人げない。」
星がそう言うと、終は空を見上げてカラカラと笑うのだった。
「まあ、大人げなかったのは俺も自覚している。
代わりに明日は、星の気が済むまで一緒に遊んでやるからさ。」
終がそう言うと、星は笑顔を浮かべた。
「ほんと!?」
「ああ、本当だ。」
「ぜぇぇったいに?」
「ああ、約束する。」
「やったー!!」
星は、終の周りをとび跳ねるように回った。
「ははは!喜んでくれてよかったよ。
もう昼どきだしそろそろ帰ろっか。」
「うん!」
星は笑顔で頷いた。
終は星の手を握ると一緒に村に入って行った。
「いつもありがとうね終君。」
「いいえ、俺にできる事と言えば一緒に遊んであげる事くらいですから。」
今、終は星の家がある村の中央にいた。
星を、母親である趙華のもとに送りに来たのである。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰りますんで。星、また明日な。」
「うん!バイバイ、終にぃ!」
終は、星に別れの言葉を告げると、そのまま家に帰っていった。
「・・・・。」
時は昼を過ぎ、午後の時間帯。
終は、村の近くにある彼の鍛錬場所にいた。
彼が、2年ほど前に森の中を散策している時に見つけた
森の中にぽつんとある小さな広場である。
終の目の前には、地面に刺した木の束がある。
終はゆっくりと、背にかけてある剣の柄に手をかけた。
「ふっ!!」
終は、息を吐くと同時にその木の束との距離を縮めた。
そして、その木の束とすれ違った。
木の束が真一文字に切れた。
終は、右手に握っていた剣を鞘におさめた。
「・・・まだまだ、か。」
終は、誰に言うでもなくそうつぶやいた。
「まだ足りない、もっと強くならないと・・・」
終は、そう言って剣を再び抜き素振りをしようとした。
そのとき、辺りが急に暗くなった。
「うん?」
終は、周囲が暗くなったのに疑問を覚え空を見上げた。
さっきまで、晴れていた空が厚い雲に覆われていた。
「・・・降って来るかな。仕方ないな、今日はもう――」
帰ろうか。と彼が言おうとしたその時。
ドオオォォォン
終は、一瞬何が起きたのか理解できなかった。
広場の近くで雷が落ちたと彼が理解したのは、
近くから焦げ臭いにおいがしたのに気付いてからだった
終は、すぐにその場から逃げようとした。
すると、音が聞こえた。何かが動く音だ。
(雷が落ちた方から聞こえる……)
終は、その音の正体が気になり現場に向かった。
終がその場所に着いた時。雨がぽつぽつと降り始めていた。
終は、その現場を見て驚いていた。
そこにあったであろう木々がほとんど消し炭になっており
残っている木も黒焦げになっていた。
終がその光景に驚いていると、その黒の光景の中心で『何か』が動いた。
終は、その『何か』に気付くとゆっくりとそれに近づいた。
それは、蒼い毛並みの子馬だった。
馬は膝を曲げてそこに座っていた。
終は、その馬を見て妙に思った。
その馬がいた場所は黒の中心、つまり雷が落ちた場所だ。
なのにその馬は、『無傷』でそこに居た。
終は、自分がここに着く前にその馬がここに来たのではないかと考慮したが、
それはあり得ないと彼は考えた。
彼が鍛錬場所からここに着くまでの時間は約5分、
雷が落ちた時も含めて約10分、どう考えてもここに生き物がやって来れるとは思えない。
そもそも、この馬はまだ子供だ。ここまで来れるわけがない。
つまり、馬は雷が落ちた時からそこにいたとしか考えられない。
まるで雷と共に落ちてきたように…….
馬は、終に気がつくと彼を見た。
終は、馬の十歩手前で止まった。
馬と目が合う、その目はまるで彼を見定めているかのようだった。
雨が降りだした。それでも終はそこを動かなかった。
ここで、この馬と目を逸らしたらいけないような気がしたからである。
雨脚が強くなってきた。その中で終は、馬の目を見続けていた。
どれほどの間そうしていただろうか、半刻か一刻かあるいはそれよりも長いかもしれない。
その馬が折っていた膝を伸ばしてゆっくりと立ちあがった。
馬は、終に近づくと彼の前で頭を下げた。まるで、負けを認めたような風である。
終は、その馬の頭に手を伸ばし優しくなでた。
馬は、気持ちよさげに目を細めた。いつの間にか雨は止んでいた。
終の母である縁が、彼の帰りを心配して家の前に立っていた。
終が家に帰ってきたときには、すでに日が落ちかけていた。
彼女は、家に向かってくる終に気がつくとすぐさま彼のもとに駆け寄った。
「終!!こんな時間までいったい何をしていたんだ!!」
縁は、終を心配しながらも彼を叱りつけた。
「ごめんなさい、母上。」
「まったく、どれだけ心配したか分かっているのか?」
縁は、謝る息子に対してそう言った。
そして息子と同じ目線に座ると彼の目を見て言った。
「・・・怪我はなかったか?」
さっきまでの怒っていた様子から一転して縁は優しい顔で息子に聞いた。
「はい。」
息子のその言葉を聞くと母は二コリと笑った。
終に怪我がないことを確認すると、縁は彼の後ろにいる『影』に気がついた。
「終。その後ろにいるのは何だ?」
「ああ、母上これは―――」
終が後ろにいる『影』について説明しようとするとその『影』が終の横に現れた。
「馬?」
終の後ろにいた『影』は、森の中で終とにらみ合いをしていた『子馬』だった。
「終。この馬は、なんなんだ?」
縁は、終にこの馬について尋ねた。
「えぇっと、森の中を歩いたら偶然見つけてなんかよくわからないけど懐かれて・・・」
終は、歯切れの悪い感じでそう言った。
いくらなんでもさっきまでしていたことをそのまま母に話して信じて貰える訳がない
と考えたのである。
「はぁ、まあこの馬を連れてきた経緯は良しとしよう。
だが、その馬を家まで連れてきておまえはどうするつもりなんだ?」
終は、言おうかどうかを少し迷った後、口を開いた。
「・・・飼いたいと思っています。」
終のその言葉を聞いて、縁は呆れ顔になった。
「馬は、犬猫のように安くはないのだぞ。」
「でも、この子はまだ子供です。せめて大きくなるまでは・・・」
終は、母に懇願するようにそう言った。
「・・・こいつの世話をおまえが必ずすると言うのなら
飼ってもいいぞ。」
母から許しをもらうと終は顔に満面の笑みを浮かべた。
「はい!!必ずこの子を立派に育てて見せます!!!」
終の言葉を聞いて縁は頷いた。
「よろしい。ならばその馬に名前を付けてやれ。」
母がそう言うと終はこの馬とあった時のことを思い出した。
雷と共に降りてきたようなまるで神獣のような馬。
終は、この馬の名を言った。
「『麒麟』と名付けます。」
この竜の剣を持つ少年と神獣の名を冠した馬がこの天下に何をもたらすのか、
それは天のみぞ知る。