008
008-1
「ッハ!地下に篭ってたからどんだけ鈍ってんのかって思えば、
中々やるじゃねぇか、先生さんよォ、っ!!」
「ッフ!!君こそ、ただのコソ泥にしておくには
勿体無いほどの腕をしてるじゃないか……っ!!!」
迫る朱の刃を躱し、相手の懐へ潜り込む。
手に持った短剣の刃が、その喉元に迫ろうとすると相手は
刃を引き戻し、俺を貫かんとその鋒が迫る。
その切っ先を紙一重で、身体を捻って避けそのまま回転した勢いで
裏拳を、がら空きのこめかみへ叩きつけんとするが相手もまた、
僅かに顔をそらし拳を空振らせると、突き出した刃をそのまま返し
俺を斬り伏せようとする。
ギィ、ィィン……
朱い刃を、短剣で受け止める。
「ッシィっ!!っラァァっ!」
相手の襟を、空いた手で掴み引き寄せ、頭突きを敢行しようとする……が
読まれていたのか、鍔迫り合っていた刃の拮抗する力を緩め
こちらが虚をつかれ、脱力した隙に裾を掴み返され、引き倒されたっ!
「っ?!マズったっ」
「貰ったっ!!」
引き倒され、動きを制限された俺を貫かんとその朱い刃が躊躇いなく
突きこまれる。
「っち、ィ……っ!!」
「ッグゥっ?!」
多少強引な体勢ではあったが、裾を掴んでいた腕に拳打を打ち込み
拘束が緩んだ隙に迫る鋒を回避、そのまま間合いを離す。
「っはぁ、っはぁ……もっとお綺麗なのを想像してたんだけどな……
なかなかエグい事しやがるじゃねぇか?」
「フゥっ、フゥっ……道場で教えてあるのは、あくまでも競技としての剣術
に過ぎない……実戦で一々型や心得なんて語ってられないだろう?」
「そりゃあ確かに……で、まだ帰る気にはならねぇか、先生さん」
「悪いけれど、答えは変わらない。
どうしても連れて帰りたいのなら、僕の意識を刈り取ってでも引きずって
いくんだね」
「……おっけー、言いやがったな?後悔すんじゃねぇぞ?」
俺は、腰のポーチから錠剤……加速増強剤を取り出し口に放り込む。
ガリっ、と噛み砕くと同時に錠剤の効果は現れ、肌の表面が粟立つような
感覚を覚える。
「っふ、ぅ……こっからは、テンション上げてくぜ……覚悟しなァ!!」
俺は、言葉と同時に一足飛びで先生さんとの間合いを詰める。
加速剤の効果により、先程までの倍近い速度で。
「なっ……?!チィっ!!」
一瞬だけ動揺したとはいえ、即座に反応するのはさすがといったところか……
けれどあまい、こっちはその体質上、無理ができる!
「逃さねぇ、よっ!!っシャアぁっ!!」
相手が横に間合いを離したのを、こっちは常人なら足の健がイカれそうな
動きで追撃する……地面を強く踏み切った足が軋みを上げるが問題ねぇっ!!
「しまっ…………グゥ、っ!!」
そして、懐へ入り込んだ俺は、がら空きの相手のボディへ力任せに
拳を打ち込み、動きが止まったところへ勢いのまま蹴りを入れ吹っ飛ばす!
「グアァっ?!っく……か、は……っ」
壁に叩きつけられ、そのままズルズルと地面にへたり込む相手を見る。
……手応えはあった、けどまだ立つな、ありゃ……
「っく、ぐうぅっ……っは、っは、くっ!
……ふぅ、ぅ……前もって聞いていたはずなのに、頭から抜け落ちてたよ。
君が、黒の剣の契約者、だということを」
「あン?……なんで、先生さんがんなこと知ってんだ?」
「ふふっ……君は、自分が思うよりも人の関心を集めていると
言うことを理解した方がいい……けど、不死の呪い持ち相手だと
今のままじゃあ、不利みたいだね」
そういうと、先生さんは赤い刃を鞘に収めそのまま、地面に垂直に
宝刀を立てかけ、瞠目する……何の真似だ?
「……"あの二人"には話してないけれど、僕もまた、あの一族の血を
引いている以上、御神刀とは親和性が高くてね……っ!!」
閉じていた目を開く……現れたのは、少しくすんではいるが、
バルバトスの一族である現当主、朱忌が魔神の形態でみせた……
エメラルドグリーンに輝く瞳。
……おいおい、冗談にしては質が悪すぎやしねぇか?
「正規の継承者、とまでは行かなくても……魔神の力の一端を
引き出すことが、出来るんだ……っ!」
「くをっ?!な、なんだってんだ一体?!」
先生さんが叫ぶと同時、周囲に漂っていた高濃度の魔力が相手を中心に
渦巻く。
「っぐ、うあぁっ……っく、ウオォォォォァアア!!!」
魔力の渦の中心で、苦しそうに叫んだその声は、咆哮となって
周囲に集まっていた余剰な魔力ごと俺達のいる城の頂上、その外壁を
屋根もろとも吹き飛ばした…………っ!!
008-2
「なっ……自力で魔人化するだなんて信じられない……」
「斑鳩はん、やけに協力的やおもてたけれど……
まさかこないな隠し球用意しとるなんてなぁ」
「感心してる場合じゃないわよ、フリオ!急いで結界を張りなおしてっ!
倭の支部の連中に感づかれたら、何言われるかわかったもんじゃないわ……っ」
「ほいほい、っと……しかし姐さん、これでどうなるかわからんくなったで?
斑鳩はんがうまくあのニイちゃん追い込んで、黒の剣使わせたら上々や
って考えてたけど……下手したら、斑鳩はんの一人勝ちやで?」
「わかってるわよ……計算外もいいとこよ、これって。
……フリオ、いつでも介入する準備はしときなさいよ?」
「了解やで、姐さん」
俺と斑鳩が居た城の最上階、その壁や屋根が殆ど吹き飛び周囲には
瓦礫が散らばっている。
魔力の渦が、斑鳩の咆哮で吹き飛んだ余波で起きた砂埃で視界は最悪だ。
……が、砂埃の向こうにとんでもないのが居ることだけは感じ取れる。
やがて、吹いた一陣の風で視界が開ける。
正面にいたのは、先程までの姿からは随分と変わってしまった相手。
燃えるような、真紅の髪。
赤銅色の肌。
額には、はっきりとわかる、一本の朱い角。
「はぁっ……はぁっ……ふぅ、ぅっ……上手くできたいみたいだね」
「……先生、あんたがまさか珠喜や朱忌と同じ、バルバトスの一族だった
とはな……気づかなかったぜ」
「はぁっ……はぁ、このことはずっと隠していたからね……周囲の人は僕を
人魔のハーフぐらいにしか思ってなかったはずだよ」
一人、僕の家系を遡ってまで調べた人もいるけどねと呟く先生さん。
「勘違いされる前に言っておくけれど、僕には魔神と呼ばれるだけの力は
さすがにないよ……けれど、それに近いモノはある。
……人でありながら魔となった、という意味で魔人……とでも名乗ろうか」
「ハッ……魔人、ね。
本気で……帰るつもりがねぇんだな」
「……僕は、この御神刀を持ってどこか遠くに行かなきゃならない。
あの子に、魔神なんかの力を継承させたくはない。
……珠喜には、普通に生きていて欲しいだけなんだ」
「言ってることはわかるぜ、先生さん……けど、だからって珠喜に何も言わず
ただ離れるだけってのはどうなんだ?
そういう思いがあるなら、そう言ってやりゃあいいじゃねぇか」
「……あの子が、僕の思いを聞いても尚、継ぐと決めたら?
魔神としての血筋を、後世に残すために継承すると決めたら?
怖いんだ……僕の思いが、願いが聞き届けられずに彼女を失ってしまったら
と考えたら……」
「だから、そうなる前に自分から離れる、っていうのかよ……
地下牢に入って、寄せ付けなかったのも顔を合わせたくないからか?
ハハッ!……とんだネガティブ野郎だな、アンタ」
「……っ!!珠喜と出会って数日足らずの君に何がわかる!!
あの子は、純粋なんだ!!人の悪意を疑わず、自分に振りかかる
運命を全部受け入れ、言われるがままに進もうとする子なんだ!!
だから、こうするしかないんだ……っ!!」
あぁ……そういう事か、結局コイツは……傷つきたくないだけ、か
「めんどくせぇ……ああ、でも決めた。
先生さん、アンタだけは……意地でも、アイツの前に引きずっていってやらぁ!!」
「やれるものならばやってみろ!!僕は、君を斬ってでも行く!!」
短剣を握りこみ、加速に身を任せ踏み込む!
ほぼ、這うような前傾姿勢でその懐へ飛び込み足を刈ろうと
下段蹴りを繰り出す、が
「っ甘い!!」
斑鳩はその動きを見切り、真上に飛ぶとそのまま身体を捻り
そのままの体勢から斬撃を繰り出してきたっ!
「ッチ!」
その斬撃を短剣で受け止め、られない?!
「がっ?!クッソ、怪力になってやが、る……っ!!」
受け止めた体勢のまま弾き飛ばされ、瓦礫に突っ込む。
ッグ、ゥ!!加速剤効いてんのに、捌き切れないのかよっ!
相手を見ると、すでに着地を済ませ納刀した状態で間合いを詰めてくる
疾いっ、とにかく体勢整えねぇと!
「落ち着かせる暇なんて与えないっ!!セェアっ!!」
納刀した刃を腰に構えたまま、呼気と同時に更に一歩踏み込んでくる。
相手の手元がほんの僅かにブレたのを見ると、立ち上がるのではなくその場に伏せた。
「……っちぃっ!!」
「今のを躱すかっ!だがっ!!」
……おかげで、俺の首と胴体は泣き別れせずに済んだみたいだ。
直後、全身のバネを使いその場から飛び退く!
と、同時に一瞬前まで俺が伏せていた場所を通り過ぎる斬撃。
「勘がいいね、さすがだよ……」
「っは、っは、っは……アンタ、人を斬り慣れてるな」
「……道場で世話になる前は、その手の仕事に就いてたからね」
今はまだ、加速剤が効いてるから着いていけるがこれが
効果がなくなったりすると……考えたくもねぇな。
「……君を討ち倒せば、継承はさせないだなんて言ってたけれど、僕は
そんな言葉は信用しない。
君を討ち、あの二人も斬り伏せた上で僕はこの国を去る」
「ケッ、俺の知らないトコロで、取引のダシに使ってんじゃねぇよ」
「文句なら、僕に話を持ちかけた、どこかで見ている人に言ってくれ
……あの世でねっ!!」
シュイィィィン……っ!!ぶつり、と何かが堕ちる。
「あ?!……っぐが、ぁっ?!」
まるで鈴の音のような音が、耳朶に響いたかと思えば
俺の左手が、肩口からキレイに斬り飛ばされていた。
音しか聞こえない、見えない斬撃、だと……っ?!
「"影刀"斑鳩……僕の剣閃を躱せる者など、何処にも居ない」
008-3
「……どういう原理よ、アレ……」
「居合、っちゅうやつやないかな」
「どういう事?説明しなさい、フリオ」
「(俺、解説キャラやないんやけどな)……倭国に、古くから伝わる
剣術らしくてな?なんでも、鞘に入った状態から刀を抜くときに
鞘の中で刃を走らせるって言えばいいんか?そうする事で、
刀を振るのがはようなるらしいで」
「……初めから刀を抜いてればそんなことしなくていいじゃない」
「そんな事、オレに言われても困るわ……鞘に納める理由はなんでも、
相手にその太刀筋を見切られんようにってことらしいわ」
「ふぅ、ん……それが、斑鳩が使った技なの?」
「……どうやろな。少なくとも、オレの知っとる居合ってのは
"斬撃の後から、音がする"みたいなイカレ具合やなかったはずやで」
「っぎ、ぐぅっ……っち、クソ、がぁ……っ!!」
運が悪いことに、左手を斬り飛ばされた時点で加速剤の効果が
消えていたらしい。
急激に運動能力が下がった所に、追い打ちを掛ける様に襲い来る剣閃。
急所へのヤバいダメージは短剣や、回避に専念して避けて入るがこのままだと
ジリ貧なのは明確だ。
「っは、っは、っは、っは……っくそ、血が足りねぇ……」
物陰に身を隠し、震える左手で回復錠剤を複数取り出し
一気に飲み込む……過剰摂取だが、これでもまだ足りないぐらいだ。
それでも、錠剤の効果が出始めたのかこうして隠れる間際に
どうにか左腕の再生は完了する。
「っは、っは……っはぁ、ぁ……なんとか、落ち着いたな……」
魔人、か……相対してる俺からしたら魔神も魔人も変わりねぇな。
圧倒的なまでの戦闘能力って部分じゃ、人間が太刀打ち出来るもんじゃねぇ。
「……クロスケ、と言ったね!君がここで引いてくれるなら、僕はこれ以上
争うつもりはない……見逃すから、そのまま帰ってくれないかな」
「ハハッ、見逃すだぁ?……っぐ、ナメたこと抜かしてんじゃねぇよ、先生っ!
アンタは必ず、珠喜の元に連れて行ってやるよ!!」
「……残念だよ、ならば僕は君を討つ」
その言葉と同時に、気配が消える。
……隠行までこなすのかよ、何でもありだな。
背後にだけは回られないよう、残っていた壁を背に周囲を探る。
と、相手の気配が急激に膨れ上がり……背後に現れるっ!
「っ?!マズっ……?!」
壁がボゴリ、と崩れると同時に錆色に変質した腕が俺の首を締め上げる。
や、べっ……しくじったっ
締めあげてくるその手に、俺は力任せに地面へと叩きつけられた。
「っぐ、っか、は……っ?!」
叩きつけられた衝撃で、肺の中の空気を全て吐き出した俺は
その衝撃で起き上がることが出来ない。
「……短い付き合いだったけど、これでお別れだ……済まないね」
言うと、相手は手に持った御神刀を振り上げ
一気に俺の左胸……心臓へと突き下ろされる……っ!!
「っぐ、ぅ……」
くっそ、ここ、で……ぶっ倒れるわけには、いかね……ぇ…………
居合の説明ってこれであってたかどうか自信がない。
某幕末剣客浪漫で見た記憶が。




