007
007-1
「クロスケさん、ボクです……入りますね?」
部屋の前に気配がしたかと思うと、断りの声が掛けられその声の主、
珠喜が、俺の宿泊している部屋へと入ってくる。
「ああ、悪いなこんな夜更けに……少し確認しときたいことがあってな」
「いえ、大丈夫です……聞きたいこと、って?」
「……今から、城へ二度目の侵入を仕掛ける。
そこで、宝刀を取り返してくるつもりだ……場合によっては、斑鳩と
戦りあう事もあるかもしれねぇ……先生、刀は返してくれそうにないしな」
「っ……そう、ですか……あの、どうしてそれをボクに?」
その問いには応えず、珠喜の目をじっと見つめる。
……しばらくしてその視線に何かを思ったのか、珠喜は顔を逸らした。
「……こんな機会はもう無いだろうし、聞くぞ?
本当に、宝刀を取り戻すだけでいいのか?」
「っは、はい……御神刀は、一族に代々伝わる宝刀ですし、あれがないと
継承の儀式も……」
「それは、"一族としての"お前の意思だろう……お前個人、珠喜個人は
"どうしたいんだ?"、"何を、望むんだ?"」
「っぼ、くは…………ボクは……もう一度、先生に……会いたい……
もう一度、斑鳩に会って……話がしたい……」
「それだけか?……話すだけで納得できるのか?」
「…………っ!!そんなわけないじゃないですか……っ。
もう一度会いたい、会って話がしたい、たくさん話をして、触れ合いたい……っ!」
「それが、正直な気持ちなんだな?……一族は関係ない、珠喜個人の願いなんだな?」
「っはい……っ、ごめんなさい、クロスケさん……先生を、宝刀なんてどうでもいいから
先生を、お願いします……っ」
「まぁ、そのつもりだったしな?」
「…………へっ?」
「いやぁ、あれから色々考えてたんだけどよ?御神刀を先生さんが持ってる限り
取り返すのなんてまず無理じゃん?先生も、刀もってった理由が
なんか珠喜の為にしたことらしいし?
それでもう、俺の中じゃ宝刀はなかったことになった。
そうすると、ほら……あの頑固っぽい先生さんを説得するだけでいいじゃん?
そう考えたら一気に難易度が下がってなぁ……まぁ独断で動くのはめんどいから
こうして依頼者サイドのお前に聞きたかったってわけだ」
一気にまくし立てる。
さっきまで、両方どうにかしようと考えてたから行き詰ってた訳だ。
それなら、片方はすっぱり諦めてもう一方に集中すりゃあいいって
考えたわけだ。
……俺は、完璧な結果を出せる人間だとは思っていない。
なら、目の前のコイツが一番望む結果だけを出してやりゃあいいだけだ。
「え、いや、でも……いいの、かなぁ?」
「いいんじゃね?お前の親父さんも言ってたけど今の時代、魔神なんて
強すぎる力なんて必要ないんだろ?
継承の儀式で何をどうすんのかしんないけど、物よりも
人の方が大事なんじゃねーのって思ったわけだ」
「…………そう、そうですよね?うん、ボクも……
先生に帰ってきて貰ったほうが嬉しい……」
さっき泣いたかと思えば、今はもうその顔には微笑みが浮かんでいる。
……ったく、あの先生もこんな美少女に心配かけるなんざ、罪な男ってやつか?
007-2
「……その話、信じてもいいのかな?」
「嘘はいわんで?なぁ、姐さん?」
城の地下、カビ臭い空気の流れる地下牢で言葉を交わす三人の男女。
「……そうね、正直さっきまではこんな陰気臭い場所に
閉じこもっているオトコとの約束なんて守るつもりなかったけど……
気が変わったわ」
「ちょ、姐さんいきなり何言うてんの?!……って、へ?」
「……貴女は、確か本部では知らない人は居ない"深淵の魔女"、ですよね?
そうか……貴女が、今回継承の儀式を引き受けたんですね」
「ええ、こうしてお会いするのは初めてかしら?"影刀"斑鳩さん?
……貴方が、納得の行く結果を見せてくれるならバルバトスの継承は
見送るわ」
「……ははっ、納得の行く結果……ですか。
僕は、普通の剣士なんですけれどそんな存在が契約者相手に、何が出来ると?」
「……ワタシね、弱いオトコは嫌いなの……でもね?
"弱いフリをするオトコ"は、もっと嫌いなの。
西方出身の貴方が、どうして倭の国の支部を選んだのか知っているわ。
その血筋を辿って行くと、貴方……バルバトスの一族の分家筋なのね」
「っ!……さすがは"深淵"、自らの知識欲を満たすために人の過去すらも
暴くんですね……淑女として慎みにかけるのでは?」
「易い挑発ね?ワタシが聞きたいのはそんな言葉ではないわ?
……どうするの?ワタシ達の話に乗る?それとも……」
「乗ります……乗らざるを得ないのでしょうね、僕は……。
約束して下さい、あの一族には……いえ、あの子には何もしないと」
「……成立ね。フリオ、この城に人払いの結界を張って。
あと、城下の人間には一定期間、この城に立ち入らないように暗示も
お願い」
「あいよ……って姐さん、この城舞台にすんのかいな?」
ゴスロリの少女は、その金髪をファサリ、と手櫛でかき上げ
妖艶に微笑む。
「こういうのは……シチュエーションも大事なのよ?」
城壁内に踏み入った瞬間、俺は違和感を感じる。
……人の気配がない……?
「どうなってやがる?……まぁ、見つかる心配がないんならこっちは
願ったり叶ったりだけどよ……」
罠、か?誰が、何のために?
何が起きているのか気になったが、まずはあの斑鳩と接触しようと地下牢へ
向かう。
城内を歩き、地下へ降りる階段を下り、斑鳩の居る牢に到着する。
「……もぬけの殻、だと?」
脱走、ってわけじゃないか……内側から無理やり出た形跡もないし
牢の扉の鍵を見る限りだと、普通に外側から開けられている。
「気が変わって、自分からあの道場に帰った……だったら
随分と楽なんだけど、なぁ……」
ここで留まっていても仕方がないので、俺はきた道を引き返し
地上に出る……出た所で、城内の雰囲気がガラリと変わった事に気づいた。
……むせ返るほどの甘い匂い、それに濃密な魔力。
この匂いは……あの花か?でもなんで?それにこの魔力……
「……いよいよ面倒くさくなってきたな……」
甘ったるい匂いのせいか、思考がぼんやりとするのを頭を振って
どうにか耐える。
そういや、あの花から精製される薬剤……一時的に
理性のタガが外れやすくなる効果だったか?
「姐さん、言われた通り結界張ったで?あと、あの抜け道にあった花を
かき集めて燃やしたけど……あれヤバイんちゃうの?」
「ご苦労様、フリオ……別にやばくはないわよ?ただ、ほんの少し
気分がハイになりやすくなるぐらいで」
「(いや、だからそれがヤバイんちゃうの?)はぁ……せやけど
結界内に、外から呼び込んだ魔力を循環させてるけどなんで?」
「黒の剣の発動に必要な触媒……魔力なんでしょ?
アンタ、そう言ってたじゃない」
「あぁ、そういえばそやったっけ……斑鳩はんは?」
「"迎え撃つ準備をする"って言って、お城の頂上にいるわ。
……ね、フリオ?影刀が持ってるバルバトスの宝剣って、どっち?」
「ん?どっちて……斑鳩はん本人が力の宝剣や言うてたし、それちゃうの?」
「そう……ワタシが文献でみたのが間違いがなければ……あれ、
"記憶の宝剣"だと思ったのだけれど……」
月の光が差し込む、天守閣で彼は瞠目したまま、思う。
魔神の一族なぞに生まれてしまった、あの純粋な少女の事を。
「……珠喜、君だけは……僕が、護る」
あの少女に、魔神の古き記憶など……怨嗟に満ちた負の歴史など
背負わせてはいけない。
この刀だけは、記憶の宝刀は返すわけには、いかない。
007-3
城内を色々探索してみたものの、何処にも人の影はなく
ただただ、甘い匂いと濃密な魔力が漂う中。
「大分、この状況にも慣れてきたけど……少しでも気抜くとヤバイな」
もしこれで先生なんかに会ってみたところで、まともな会話が
出来るかどうか……下手したら出会い頭に戦りあうハメになりかねない。
……ある程度の事は覚悟しているが、流石に命まで奪うなどと、
少女との約束を反故にする訳にはいかねぇしな……。
ぼんやりとした頭を振りながら、やがて城の最上階へと通じる階段に
たどり着く……きっと、この先にあの先生はいるだろう。
……なるようにしかならねぇ、俺さえヘマしなきゃこの物語は、
ハッピーエンドで幕引きなんだ……行くか。
階段を昇りきり、最上階へと踏み入る……先の方は暗闇で見えないが
確かにいる……俺は、何も言わずに歩を進める。
「…………よぉ、ここにいたんだな、先生さんよ……探したぜ?」
「……まさか本当に来るとは思いもしなかったよ……念の為に
確認なんだけど……目的は?」
「……その手に持った宝刀、って言いたいとこなんだけれど
事情が変わってな……アンタを、珠喜の元へ連れて行く」
「……本当、君はわからない人だな……けれど、それはできない。
僕は、この剣を返すつもりも、あの道場に帰るつもりもない」
「…………あン?そりゃどうしてだ?……その刀は別にいいっつってんだろ?」
「君が良くても、他にそれを許さない存在だって居るんだ……確実と
言える方法がない以上、僕はこの宝刀を持ったまま、何処かに去るよ」
「ッチ!……じゃあ珠喜はどうすんだよ?アンタに会いたい、話が
したいって言ってるんだぞ?」
「僕からは、君に伝えてもらった言葉が全てだ。
……なんどでも言うよ、僕は帰らない……珠喜とはもう会わない」
「めんどくせぇぇ……っ!!それじゃあ、力づくでも連れ帰ってやるよ」
「……出来るものならね、君に僕を討ち伏せる事ができるのかな?」
ギリィっ……と歯ぎしりの音が聞こえる……俺、らしい。
ダメだ、あの匂いのせいか自覚できるくらいキレやすくなってる。
くそ、落ち着け……もっと冷静になれ。
「…………どこからでもどうぞ、それとも……こわいかい?」
「……っ!!ケンカ売られてるって事でいいんだな、先生さんよォ……
珠喜には悪いが、シメてその首根っこ、ひっつかんで連れて行ってやらァ!!」
『オラァァァァ!!』
『っふ、あまいっ!!』
「……始まったみたいやね、あのお二人さん」
「そうね……フリオ、アンタは黒の剣の発動を直に見たの?」
少女に問われた、糸目の男……フリオは首をひねりながら
「あー……オレもその場におったわけやないんやけど
あのニイちゃんがもっとったエモノの形状と、離れとっても
異様な雰囲気したからなぁ、それで黒の剣やって判断してん」
「ふーん……じゃあ今日ここで発動が確認できたら、ワタシ達が
初めてってことね?」
「あぁ、そうなるねぇ……姐さん、何考えてんの?」
「……フリオ、黒の剣の契約者のこと、上には報告した?」
「いや、してへんよ?まだ不確定な要素が多すぎて報告できる内容でもなかったし」
「うん、それでいいわ……今後も、報告しないようにね?」
「……は?えーと、姐さん……つまりはそれって」
「折角見つけた、黒の剣の契約者……横取りされるのは嫌じゃない。
それに……なんだか、面白くなりそうじゃない?」
「まぁ、確かになぁ……」
「じゃあ決まりってことで……フフフフフ、ルックスいい上に、ワタシの
知的探究心まで満たしてくれそうな契約者だなんて……グッドね!」
少女が鼻息を荒くしている横で、フリオはこっそりと契約者に
詫びる……ニイちゃん、堪忍なぁ……でも、おもろい事仕出かしそうな
アンタも悪いんやで?と。




