002
002-1
「おぉ……お久しぶりでございます、キュアリスお嬢様にクロスケ様。
ささ、すぐに紅茶をお持ちいたしますのでおくつろぎ下さい」
「うんっ、久しぶりねシルバ!あ、わたしはお砂糖一つでおねがいね?
クロスケは?」
「砂糖2つに、ミルク多めで頼むよ、シルバ爺さん」
翌日、俺はアリスを公爵家まで送るために馬車を使い、屋敷まで来ていた。
急な訪問にも関わらず、公爵家に長年仕えているという執事である
シルバ爺さんはその柔和な表情を崩さずに迎えてくれた。
「畏まりました……して、本日はどのようなご用件で?」
「ああ、ちょいとばかり俺の方に仕事が舞い込んでな。
一応、公爵さんに断り入れとこうと思ってな……あとは、アリスが
珍しく留守番するっつーからここまで送ってきたって訳さ」
メイドさんに荷物を預かってもらった俺とアリスは、通された応接間の
ソファーに座り、簡単ながらもシルバ爺さんに事情を話す。
「なるほど……その仕事とは、遠方に?」
「ああ、ここには居ないけど依頼主が東方の出でな。
倭の国まで、船で行くことになったんだ」
シルバと色々話していると応接間の扉がカチャリ、と開いたので
そっちを見ると、アリスの腹違いの妹……
アリア嬢がお人形を持って入ってきたところだった。
「を?アリアじゃないか、久しぶりだな?」
「……クロスケ義兄様?アリス姉様も、こんにちは?」
「うん、アリアもこんにちは!今日は奥方様とお勉強じゃないの?」
「お母様、今日はお父様のお手伝い……ワタシ、今日はおままごとして
遊んでるの」
ぎゅっと、お人形を抱きしめながらそう教えてくれた。
「ほー、おままごとか……アリア、ひとりでか?」
「ううん、もう一人いる。いまはお仕事中。」
あぁ、そういう設定なのね、と俺は一人納得して、運ばれて来た紅茶に
口をつける……ん、この甘ったるさがいいねぇ。
ミルクのたっぷり入った紅茶に、癒されていると
応接間の扉がノックされ、アリアがそれに反応する。
ああ、おままごとの相手か。
「おかえりなさい、あなた」
「うむ、我は今帰宅したぞ」
ブフォォっ!!!
聞こえてきた声に思わず紅茶を噴き出す。
この場には、本来居ないはずの人物の声だ。
「あなた、今日はワタシの義兄様が来ているのよ」
「おお、そうであったか。ならば我も挨拶せんとな。
……ん?貴様は」
「……何やってんだよアンタ……」
幼女とおままごとに興じる人物・・・上位魔種、その中でも
特に力があり72柱の魔神の1柱として数えられている男。
また、アリスの祖父にあたる人物で前回の事件の時は
一時期対立していた相手でもあった、アモンその人だった。
「んで、アンタなんでまた公爵家の屋敷にいるんだよ」
「我が娘の様子を見に来ただけだ、気にするでない。
ただ、そのまま帰ろうとしたら幼子に余興に付き合えとせがまれてな。
特に急ぐ用事もなかったので、それに付き合っていただけだ」
その割にはノリノリでやってたじゃないかこの魔神様。
「ちなみにさっきは、お互いに伴侶がいる身ながらも隠れて
半同居している男女という設定であった」
「お前はアリアちゃんになんて設定のままごとさせてるんだよ?!」
「考えたのはあの幼女だが」
「やけに生々しい事を考える幼女だなっ?!」
耳年増なんてレベルを超えた設定のおままごととかいいのかそれは。
っていうか、どうなってるんだ情操教育。
「ここで働く侍女達が、あの幼女に色々と教えているらしい」
「あぁ……メイドさんって結構そういう恋愛ネタ好きって聞くしな」
そういや、アリスも屋敷のメイドには色々教えてもらったとか言ってたなぁ。
……うん、仮にも公爵家のお嬢様が知ってたら駄目な知識とか無駄に
持ってるもんなアリス。
「そういえば、貴様はなぜここにいるのだ?」
「ああ、そういやアンタにも一応言っとくか」
と、シルバ爺さんに話した内容とほぼ同じ事を伝える。
……俺が倭の国に渡ると話した時、アモンはなにやら考えこむ
素振りをみせた。
「なんだ、何か気になることでもあんのかよ?」
「いや……倭の国と聞いてな……我の記憶が確かであればなのだが
あの国、殆どの住人に魔としての血が流れていると聞いたことがある」
「……マジで?」
「マジだ……しかし、あくまでそれは潜在的に、といったほうがいいかもしれん。
長く時間を経た事でその血はかなり薄まっているとも聞く」
ああ、要するに先祖に何処其処の~って感じか。
何代も家系が続けば、血の要素が薄まるともどっかで聞いた事あるしな。
「うむ……だが1つだけ用心せねばならぬことがある」
「ん?用心しなきゃいけないって、殆どは血が薄まってるんだろ?」
「殆どの者はな……だが、とある一族だけは気をつけておいたほうが良い。
……赤銅色の肌をもつ一族だけはな。
そやつらは、我と同じ72柱の魔神が1柱の血を、濃く受け継いだ一族だ」
002-2
公爵家の屋敷に一晩泊めてもらった俺は、翌朝まだシルバ爺さんや
メイドさん達くらいしか起きてない時間に、屋敷を後にすることにした。
「クロスケ様、キュアリスお嬢様に挨拶はしていかれなくても?」
「ああ、アリスなら言わなくてもわかってるしな?
……それに、必ず帰ってくるって約束はしてるんだ、ならそれ以上は
何も言うことはねぇしな」
「左様でございますか……おぉ、そういえば旦那様より言伝を預かっております」
「公爵さんから?なんて?」
「はい……"倭国にて近年、中毒症状を起こす禁制の薬が流行っており
王都でも何件かその薬に類似した物が見つかった事が報告されている。
倭国へ行くのであれば、その薬がどういうものか調査し、サンプルを
持ち帰れ"との事でございます」
「……前から思ってたんだけどさ、公爵さんって本当に
人使いが荒いよな?」
「……旦那様は、真に能力がある者はそれを無駄にせず、有効的に
使うべきとのお考えを持っておられます。
まぁ、その御蔭でこの爺のような老いぼれが、今だ現役なのですが」
好々爺とした笑顔で、シルバ爺さんはそう言う。
……この爺さんも、大概食えねぇ相手なんだよな……
そうこうしているうちに、馬車の準備が出来たので俺は
シルバ爺さんの見送りに礼を言い、馬車に乗り込む。
「んじゃ、爺さん!アリスによろしくな?」
「畏まりました、それではいってらっしゃいませクロスケ様」
そうして、屋敷を後に俺は、待ち合わせの港町へと向かう。
途中、宿場町で一泊し港町についたのは、屋敷を出てから2日目、
ちょうど昼になるかならないかといった時間。
指定のあった、待ち合わせの宿に向かう途中で呼び止められ振り向く。
「あぁ、やっぱりクロスケさんでしたか、良かったぁ……」
「あれ?珠喜、宿で待ってるって言わなかったか?」
そこにいたのは、腰まで届くような朱く長い髪を頭の後ろで束ね
倭国の衣装に身を包んだ剣士……珠喜。
……こうして見ると、男か女かわからんなコイツ。
「?……あの、ボクの顔に何か?」
「いや……なんでもねぇ。
それより、この後はどうするんだ?宿に戻るのかよ?」
「いえ、ちょうど倭に向かう船があったので、それに乗りましょう。
……あっ?!そ、そういえばこちらについたばかりで
まだお昼は摂られてませんよね?あぁ、どうしよう・・・」
「あぁ~……いや、別に腹が減ってるわけでもないし
なんなら船に乗り込んでからでもいいんじゃないか?」
ん~、どうも調子狂うな、コイツと話してると。
悪い奴ってわけじゃないんだけど、気を使いすぎて空回りしてるっていうか……
「ほら、それでどの船なんだよ俺たちが乗るのは?
案内してもらわねぇとわかんねぇぞ?」
「あっ、そう、そうですよね!わかりました、ボク達が乗る船は
あっちの方で停泊している船になりますよ」
「はいはい、っと……そういや、倭まではだいたいどのくらいかかるんだ?」
「そうですね、順調に行けば10日程で着くと思いますよ?」
「10日か……んじゃ、その間は精々久しぶりの船旅でも楽しみますかね」
倭に向かう船だと案内されたそれは、豪華でも、質素でもどちらでもない造りだったが
年季の入った、頑丈そうな雰囲気を醸しだしておりこれなら多少海が荒れても
大丈夫だろうといった感想を抱かせた。
そんな船の中を、俺は前を歩く人物に付き合わされ歩き回っている。
手を繋がれ、引きづられる感じで。
「あっ!!ここは食堂になってるんですね?うわぁ、広いなぁ……」
「あぁー、ちょっといいか?」
「はい?どうかしま……あっ、もしかして疲れましたか?
すみません、ボクとしたことが、休憩しますか?」
「いや、歩きまわるのはいいんだけどよ、手……」
「て?……手……うわぁあ?!」
本人は気づいていなかったとでも言うのか、しっかりと繋がれていた
俺と自分の手を見、止まったかと思うと慌てて離す。
「す、す、すみませんっ?!つい、はしゃいでしまって……
その……迷惑でしたか?」
「あ、あぁ、いや別にいいけど……あんた、旅とかは経験したこと無いのか」
「あ……はい、正直に言うと、今回の事で殆ど初めてなんです、"外の世界"
を見たのは……あの都市に行くまではそんな余裕もなかったのですが。
その、今は少し心に余裕が出来てしまって……あはは、不謹慎、ですよね?」
そういって、照れたように笑うが俺にはその表情が泣き笑いに見えた。
まっ、たしかにあんな内容の頼み事を持って来たんだ……道中、穏やか
じゃあなかったろうな。
「……よし!そういや腹へってないかあんた?
さっき通った食堂にもどって、なんか食おうぜ?」
「えっ?あ、は、はい!そうですね、ボクもなんだかお腹すいちゃって……
何食べましょうか、楽しみだなぁ!」
モキュモキュモキュモキュ。
そんな擬音が聞こえてきそうな、食事を目の前の相手は続けている。
なんだろう、アリスがこの場にいたら
『よし、クロスケ!この子家で飼おう!!』とかいいそうな勢いだ。
「もふもふもふ……はへ?ほうひまひはは?」
「口の中のモン飲み込んでから喋りやがれ」
「んっふっ!ング、んぐ……ふぅ、どうかしましたか?
先程から、食事が進んでないようですが……」
「いや、あんたのキャラがわからなくなってきてな。
こう、属性が多すぎて……」
相手は、俺の言っていることを理解しきれてないらしく首を傾げて
いる……うん、仕草がいちいち小動物っぽい。
「まぁ、気にせず食ってくれ……俺はなんていうか、よくわからんが
食う気が失せた……」
「食べないんですか、それ?」
「……」
「……」
「……食うか?」
「はい!」
こうして俺が頼んだサンドイッチも、相手の胃袋に収まって行きました、とさ。
002-3
乗っている船は、さすがに客室の一つ一つに風呂が備え付けられているような
レベルではなく、入浴施設は船内共同のものだった。
「ただいま戻りましたっ!!こういうところのお風呂ってなんだか
わくわくしますね、ボク、はしゃぎそうなのを我慢するので精一杯でしたよ」
「おう、おかえり。
その様子だと、だいぶリフレッシュは出来たみたいだな」
客室は鍵はかけられるが、簡単なもののため荷物の番ということで
互いに交代で風呂へ入りに行くことにしたんだが……。
帰ってきたコイツは、束ねていた髪を下ろしている状態のため
昼間と雰囲気がガラリと変わり、十人中九人は間違いなくすれ違うだけで
魅了されるような容姿となっている。
「帰ってきて早速で悪いんだけど、倭についてからの行動方針のことで、話がある」
「あ……はい、わかりました」
俺の言葉に、その表情は引き締まり、真剣そのものとなる。
「まず、目的は持ってかれちまった家宝の刀を取り戻すことなんだが……
先生さんはどうすりゃいい?」
「……どう、とは?」
「……尊敬、してんだろ先生って人を。
家宝取り戻すついでに、説得すんのか、それかどうしてこんな事したのか
話を聞くとか、ないのか?」
「……先生には、先生の考えがあってのことだと思います……
それに、聞いても話てくれ無いと思うんです……」
……気のせいか?先生ってのを尊敬してるって話してる時、どこか
その目に熱が篭ってた気もするんだけど……今は突っ込まないどくか。
「わかった、じゃあとりあえずは家宝を取り返すだけでいいんだな?
……でも、もしその先生ってのが今も持ってるとしたら結局は顔を合わせる事に
なんのか……」
「すみません、お願いします……ただ……」
「ただ?」
「先生、御神刀を持ち出すときボクに"こうすることが、お前のためにもなる"、
そう言っていたんです……刀を持ち出すことが、どうしてボクのためなんだろう」
……何も考えなし、というわけじゃないのか?
価値がありそうで、目が眩んだってわけじゃないんだな。
でも、珠喜の為……ねぇ?
「しかしそうなると、最低でも2回は領主様の城とやらに忍びこむ必要があるな」
「?どうしてですか?」
「一回目は退路の確保と城内構造の把握、二回目で上手くいけば先生ってのに
接触するか、家宝の刀の在り処を探し当ててゲット、ってとこだな。
逆に言えばその二回で成功させねぇとそれ以降は警戒されて難易度が
跳ね上がるからな」
「あっ!そ、そうか、そうですよね……」
「……ワリィな、どういう噂を聞いたのかは知らないけど、実際はこんなもんだよ。
慎重すぎて臆病に見えるだろうけど、そのぐらいじゃないとこの稼業は
生き残れねぇからな」
「い、いえ!!謝らないで下さい!その……
ボクが、一人で焦ってただけなんです……その、すみません。
今日は、そろそろ休みませんか?」
「あぁ、そうだな……まだまだ着くまでに時間はあるんだ。
もしかしたら、もっといい案が浮かぶかもしれないしな」
「はい、そうですよね……うん、それじゃ、おやすみなさいクロスケさん」
言って、相手は室内にある二つのベッドの一つに潜り込む。
……まもなく、小さな寝息が聞こえてくる。
はしゃぎすぎて疲れたのだろう。
俺もまた、もう一つのベッドに身を横たえ目を閉じる。
……静かになった室内で、窓の外からかすかに聞こえる波の音を
聞きながら、やがて眠りに落ちた。




