010
010-1
「きいたかよ、なんでも今日の夜王宮で査問会があるんだってよ」
「聞いた聞いた、なんでも公爵さまが呼ばれてるんだってな」
「本当なのかそれ、公爵さまっていや今の王様の2番めのご子息じゃなかったか」
「あってるあってる。でもその公爵さまが査問会に呼ばれたってことは・・・」
昼過ぎ、王都のいたるところでは査問会に関する噂で持ちきりだった。
王都に住む人々にとって、今回の事はかなりの出来事らしく
話題にしていない人は居ないほどだ。
「そういえば、査問会があるってどこで聞いたんだ」
「それがよ、ウチのカミさんが教会にお祈りいったときに、司祭様から聞いたんだと」
「ほぇー、司祭様からだったんか。
そういえば、司祭様も査問会行くのかね?」
「行くも何も、今回の査問会を王様に打診したのは、司祭様ご本人って事らしいぞ?」
「はぁーっ・・・えらい大事になってんだなぁ、そういやなんでまた査問会を
開こうとしたんだろうな、司祭様は」
「カミさんがいうにはよ、
『残念ながら、公爵様は教会への懺悔だけでは償いきれない罪を
犯してしまったのです。その罪は皆さんが生活するこの国が
揺らぎかねない程の事である為、私はあえて陛下へと願いました。
できれば公爵様には多くの人の前でその罪を認め、償っていただきたい』
って言ってたんだとさ」
「ほぉー、やっぱ王都の司祭様ともなればいうことは違うねぇ、
言葉の端々に信仰心が見え隠れするね。
あ、んじゃ俺そろそろ行くわ、じゃあな」
「おーう、それじゃなー」
「じゃあなー」
手を振りながら、相手の背中を見送ってから妻の待っている自宅へ
帰ろうとした男性は、ふと思う。
今しがた立ち去っていった若者は一体誰なんだ?
・・・自室で、その男は今日から世界が変わるのだと確信していた。
ここまで、何もかもが思い通り、横槍も入らない。
王宮内にも、公爵が目の上のコブだと疎んじていた貴族とも内密にでは
あるが協力を取り付けている。
なにより、日頃は公の席ですらその姿を見ない陛下が、今回の査問会に
は自ら向かうという。その席で、公爵の進退は決まるといっても
間違いではないだろう。
「フッフッフ、あぁ・・・こんなにも清々しい気分は久しぶりですね・・・」
あの公爵に頬を打たれた夜、腹いせにと教会に説法を聞きに来ていた少女を
力任せに犯し、屈服させて以来の気分だ。
そういえば、そのときの少女もまた、魔種だったか。
あいつら卑しき身分は男に身体を開いたその対価で生きているのだ。
私の激情を鎮めるために使ってやっても何も問題はなかった。
「そういえば、あの娘・・・見た目だけは美しかったですね・・・」
査問会が終われば、あの娘の態度によっては生かしてやってもいいかもしれない。
それに、アレを生んだ魔種もまた、美しいのだろうか?
公爵の元から引き取ってやってもいいだろう、感謝されるはずだ。
創造主の代弁者である私の役に立つのだ、拒む理由もないだろう。
物思いに耽っていると、扉の外よりシスターの呼声が聞こえて来た。
「・・・司祭様、王宮より迎えの方が参られましたが・・・」
「わかりました・・・支度をするので、お待ちいただくようにお願い致します」
司祭の言葉に、シスターはそれではと、その場を去る。
「ふふふ・・・それでは、罪深き者の懺悔を聞かせていただきましょうか」
もうすぐ、もうすぐなのだ。
はは、ははははははははははははははは!!!!!!
010-2
「旦那、そろそろ時間やで」
「・・・む、そうか・・・あの娘は?」
「ああ、あの子ならあそこ。公爵家の娘だって話はしてるみたいで
今のとこは丁寧に扱われてんねー・・・安心した?」
「・・・なんとも思わぬ。それよりも、我らも向かうぞ。
あの馬車に付いて行けば、迷う事もあるまい」
「へいへい、んじゃ旦那も隠形の魔導はわすれたらあかんで?
オレら魔種が街中彷徨いてるだけでも目立つのに、
王宮なんて普通は入られへんからなぁ」
教会の屋根の上から、司祭と、少女を乗せたそれぞれの馬車が王宮に
向かうのを見て、魔種の二人もまた移動を開始する。
音も立てず、気配も感じさせず屋根から屋根へと移動するその存在に
気づく者は居ない。
そのまま、王宮まで一直線に進む、はずだったが
「あれ?旦那、ちょっとタイム」
「・・・騒々しい、なんだ?」
「いや、ほらあの司祭様が乗ってる馬車、止まってしもうてるんやけど」
いつの間にか追い抜いていたのか、下の街路を見ると馬車が止まっていた。
よく見ると、馬車の綱を握る御者と小奇麗な格好に身を包んだ老人が
言い争いをしていた。
「じゃから、謝れといっておろうが!!
お前さんの手綱のおかげで、わしゃ危うく轢かれるとこだったんじゃぞ!!」
「こちらも急いでいたのだ、それに怪我はなかったんだ。
謝る必要はない」
「かーっ、なんじゃその物言いは!!
年寄りを労る気持ちがないんかい、お前さんには!!」
その騒ぎに気分を悪くしたのか、司祭が馬車より降りてくる。
「・・・どうしたのですか?」
「司祭様、申し訳ございません、こちらのご老人が
馬車の前を横切ろうとしたので、止まってしまいました」
「嘘をつくでないわ!!お前さん、脇見をして前何ぞ見ておらんかったじゃろう!
・・・ん?そこのおぬしはなんじゃい?」
降りてきた司祭に今気づいたのか、老人は胡散臭いものを見る目つきで尋ねる。
「失礼、私は王都の教会で司祭として創造主にお仕えしております」
「ほー、司祭ってなんじゃ?偉いさんなのかぃ?」
「っ・・・え、えぇ。私達創造主にお仕えする者は、日々王都だけでなく
信者の皆様に創造主の教えを説き、祈る事で王都の皆様に・・・」
「ま、えぇわ。わし、宗教なんぞに興味ありゃあせんからな。
そんなことより、はよ謝らんかい?
悪いことをしたら謝る、親にそう習わんかったか?」
その言葉に、司祭の顔が一瞬憤怒の色に染まる。
が、その雰囲気はすぐに霧散し
「・・・そうですね、今回は急いでいた私達にも非がありました。
ですが、ご老人もお気をつけて下さいね?
馬車の前に急に来られたら、止まるものも止められませんので」
「・・・はぁ、それでえぇわ・・・もう行っていいぞおぬしら・・・」
「ありがとうございます・・・行きましょう」
馬車に乗り込む間際、司祭は老人を一瞥してそのまま乗り込む。
そのまま、何事もなかったかのように馬車は再び進みだした。
「まったく、なんじゃありゃ?
折角いい気分で飲みに行くつもりじゃったのに、台無しじゃのぅ」
「爺ちゃん、災難やったなぁ、怪我はないんか?」
「・・・」
馬車の言った方角を見ながら文句を垂れる老人の元に、魔種の二人組が
降り立つ。
「んあ、なんじゃお前さんらは?」
「ああ、ごめんごめんー、さっきのやり取り見とったんよ。
んで、怪我ないの爺ちゃんは?」
「ほっ!気分は最悪じゃが、怪我はしとりゃせんよ?
ほれ、この通り、毛がないけどなぁ?ヒャッヒャッヒャっ」
かぶっていた帽子をとり、言葉通り産毛すら生えていない頭頂を晒し
飄々と答える。
「アハハハっ、おもろい爺ちゃんやなぁ?
ま、怪我ないんやったらええわ、どっか行く途中やったんやろ?
邪魔して悪かったな」
「かまいやせんよ、心配してくれてスマンのぉ。
んじゃ、わしはそろそろ行くんでな、飲み屋でカワイコちゃんが
待ってるんじゃ!」
「・・・ご老人、一つ尋ねたい」
「おわっ?!、なんじゃお前さん図体でかい割に静かなもんじゃから
岩かと思ったわ、ヒャッヒャッヒャっ・・・んで、なんぞ?」
「・・・先ほど、あの者達とのやり取りで
『悪いことをしたときは、謝るもの』、そう言っていた。
・・・それは、謝りさえすれば許されるのか?」
「・・・謝っても許されんことはあるのぅ。
じゃが、謝らないよりは、謝ったほうが良い事もある」
「・・・そうか」
邪魔をした、と去りかける相手に老人は話しかける。
「じゃがな?さっきの連中は論外じゃが
自分が悪いことをしておらぬ、自分の中で正しいと思っているときは
謝らずに、思いの丈をぶつけたらええ。
・・・ヒトの心の内なんぞ、誰にも見えんわけだしの?」
その言葉に、背中越しに会釈を返し人混みに紛れ・・・
魔種の二人もまた、再び王宮へと向かう。
010-3
馬車の窓から見える風景が後ろに流れていくのを見ても
わたしは、何も感じることがなかった。
少しづつ日も傾き始め、薄暗くなってくる頃。
街は晩御飯の買い物をしてるお母さん、それについていくこども。
仕事帰りのお父さん、酒場の前で呼び込みしてるお姉さん。
皆、どこか楽しそうな表情でそこにいる。
「・・・歩きたかった、なぁ・・・」
この風景を貴方と。
手を繋いで、肩を寄せあって。
馬車の中はわたし一人。
狭いのに、広い密室に閉じ込められた気がして
膝を抱え、顔を埋める。
ごめんね、クロスケ。
貴方に、ほんの短い時間でたくさん、嬉しいことや大切なことを
聞いたはずなのに、今はそれが思い出せないよ。
暫くして、馬車がどこかで止まった事を理解した。
窓から見えるのは、何度か来たことのある王宮の門の前。
御者の人に促され、私は馬車から降りる。
門を潜り、案内されるがままにわたしは進む。
・・・今日はここで何をするんだっけ?
わたしの頭のなかは、まだうっすらと靄がかかったままで
はっきりしない・・・はっきりさせたくないのかな、わたし。
そのまま中に入り、しばらく通路を進んだ先でわたしだけ
数ある部屋のうちの、一室に通された。
扉を開け、中へ入ると同時にわたしは、誰かに抱きしめられた。
「・・・っよかった・・・生きて、いたかキュアリス・・・っ!!」
「お・・・とうさま・・・・?」
いつも頭を撫でてくれた、おおきくやさしい手。
奥方様が、あの人はいつだって子供のような目をしているのと
評したその瞳は、今は涙で潤んでいる。
お母様が、あの人の背中はいつだって私達家族を守るために
頑張っているのよと話してくれたその体躯は、
わたしがまた心配をかけたせいか、幾ばくかやつれたように感じる。
「お、とうさま・・・おとうさま、お父様・・っ」
「いいんだ・・・いいんだよキュアリス、今は何も言わなくていい・・・っ」
ただ、泣きついた。
お父様の優しさに触れて、わたしは泣きじゃくった。
そんなわたしを、お父様は何も言わず抱きしめ、ただずっと撫でていてくれた。
「落ち着いたか、キュアリス・・・痛いところはないか?」
「うん・・・ありがとうお父様、それと、ごめんなさい」
心配をかけてしまって、と言おうとしたが遮られる。
「いいんだキュアリス、親が子を思うのは当たり前のことだ。
・・・済まないが、あまり時間がない」
「・・・どういう、事なの?」
手短にだが、わたしはお父様より話を聞かされた。
まず、お父様が気がついた時には私は攫われたあとで
地面には大量の血痕だけが残されていたこと。
お父様は、わたしを攫ったのは司祭の関係者だと確信していたが
相手の根回しが用意周到であったため、また狙ったタイミングで
領内に問題が発生し、すぐに王都に来れなかった事。
・・・今回、どうやらわたしとお母様、お父様の事で
査問会が開かれることになった事。
「・・・ちょっとまって、お父様・・・地面に、大量の血痕だけ?」
「ああ、だからキュアリスに何かあったのではと気が気じゃなかった・・・
ほんとうに、生きていてくれてよかった・・・っ」
また男泣きしそうになるお父様を宥めすかしながら、
混乱しそうになる頭を整理する。
「その、お父様・・・あの、クロスケ、は?
クロスケは倒れてなかった・・・?」
その問いに、お父様は渋面になる。
・・・あまり話したくないのだろうか、それじゃやっぱり・・・
「・・・すまん、実は、そこに駆けつけたときは本当に大量の血痕だけが
残されていた状態なんだ。
・・・あの血は、クロスケ君の物なのか?
だとしたら、相当な重症を負っていそうな物だが・・・」
・・・そう、なんだ・・・クロスケ、生きている、かも。
ううん、あいつならきっと生きてる!
そう思うと、とたんに涙が出てきた。今まで張り詰めていたものが
安心したことで、逆に歯止めが効かなくなった。
「・・・うん、もう大丈夫。お父様、ごめんなさい急に泣いたりして・・・」
「構わない、それに今の涙は悲しいものではないのだろう?
・・・さて、いよいよ時間がない、キュアリス・・・」
「・・・うん、言って?わたしは、何をしたらいいの?」
わたしの言葉に、お父様は大きく頷く。
「キュアリス、お前はおそらくこの査問会で一番の矢面に
立つことになるだろう。
・・・済まないが、私はその立場上お前を助けることも、庇うこともできないだろう。
査問会が済むまで、もしかしたら終わったあとも、私は拘束されてしまう」
話しながら、お父様は私を優しく撫でてくれる。
「・・・言葉だけでは力にならないかもしれないが、私やイシュー、ニーナも、
アーランド公爵家のすべては最後までお前の味方だ、何も恐れるな」
ありがとう、お父様。
その言葉だけでも、わたしは自分の中、折れそうになっていた心がどんどんと
補強されていくように感じ取れた。
「何よりも、キュアリス・・・お前は自分と、クロスケ君を信じていなさい。
彼ならば絶対に、お前の助けとなるだろう」
お父様の一言で、わたしの頭にあった靄がたった今きれいに取り去られた。




