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いない人②

瑞希は隣でどこからか取り出した文庫本をベンチに座って読んでいた。

そして澪は鳥が頬擦りして来るのをただ黙ってされるがままになっていた。

けれど時々頭を撫でてやる。

ちょっとイラッとする私。

龍は…と言えば美雪先生と何か話をしていた。

本当に好きだな…先生の事。

桃花はそんな二人を見て頬を膨らまし、ヤキモチを妬いていた。

私はそんな皆を庭に設置してあるベンチから眺めていた。

ここにもう一人…もう一人いるはずなんだ…。

名前は新城(しんじょう)(ゆう)

とにかく敬語で丁寧、礼儀正しい…そして優しくていつもにこやか。

何故か動物によく懐かれるけれど、猫だけが大の苦手。

そこにいるだけで、なんとなくだけれど場が和む感じがする。

彼が敬語だからと言ってこっちが堅苦しく感じたりとか、不思議とない。

そんな彼がいないからか…私は何かが欠けた気がする。


「新城の事、考えてる?」


文庫本に目を向けたまま瑞希が聞いて来た。

私は瑞希を見てから、皆に視線を移した。


「うん…ついね…」


「そう……」


それだけ言って瑞希はまた黙り込む。

私は瑞希に視線を移した。


「瑞希は考えたりしないの?寂しいとかないの?」


「……寂しいは寂しいけど…」


「じゃあなんで!!」


勢い良く立ち上がった私を瑞希は見上げた。


「……とりあえず座ったら?」


立ち上がった私を促すように私が今まで座っていた所に瑞希は手を置いた。

私は息を吐いてから一先ず座る。

そして瑞希は溜息を吐きつつ言った。


「寂しいけど、でもだからってどうする事も出来ないし」


「裕の部屋に行くとか!部屋になら居るでしょ?」


「行っても無駄だと思うけどね」


「どう言う…意味?」


尋ねるけれど瑞希は答えず文庫本を読んでいる。


「ねえ…」


「酷い!!」


私が瑞希に声をかけようとした時、膨れっ面をしながら桃花が此方へと歩いて来た。


「どうしたの?」


首を傾げながら私は桃花に聞いた。

すると、桃花は私の隣に座って話し始める。


「龍がずっと美雪先生とデレデレしながら話してる!」


「どんまい…」


残念ながら私は桃花にこれしか言えなかった。

瑞希も同じようで頷くだけだった。


「それで二人は何を話してたの?」


「いない人について」


私の代わりに瑞希が答える。


「ああ、裕君!最近見ないよね!どこで何してるのかな?」


「旅に出た訳じゃないんだから…」


遠い目をして言った桃花に苦笑しながら私が言うと、瑞希は文庫本を閉じた。


「学園内には居ると思うけど」


「だよねー?やっぱり学園内にいないよねー……ん?」


ここで何かがおかしい事に気づいた。

あれ?今…瑞希なんて言った?いる?居る?イル?


「はぁ!?いる…居るの?学園に?」


「だからそう言ってるじゃん」


動揺して聞き返す私に瑞希は呆れながらそう言った。

隣を見ると桃花も驚いて言葉を失っている。


「え…ちょっと待って?混乱してるんだけど?」


「私も……」


私と桃花がそう言うと瑞希は溜息を吐いた。


「まず由梨が新城の部屋に行くとか部屋になら居るとか言い出した」


「うん、その通り」


「そんな事、言ってたの…」


頷いている私の隣で桃花が呟いた。

瑞希はそのまま話を続ける。


「でも学園内に居るのを私は知ってたから無駄だと言った」


「そこ!なんでそんな事を瑞希が知ってるの?」


「それもそう!」


桃花も疑問に思っていたらしい。

首を傾げながら、私と桃花は瑞希を見る。


「なんか付きまとわれてるみたいだよ?」


「付きまとわれてるって……誰に?」


「猫に」


「「………」」


その場が一斉に静まった。

龍と美雪先生の話声だけが聞こえて来る。


「えーと…猫?」


聞き間違いかもしれないので、もう一度聞いてみた。


「猫」


瑞希はキッパリと言った。

私は桃花の肩を掴む。


「今…あの子、猫って言った?」


「言ったよね、それもキッパリと…」


桃花も言うのだから、どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。

ここである疑問が生まれた。


「なんで猫に付きまとわれてんの?」


「そんなの私が知る訳ないし」


少しふて腐れ気味に瑞希は言った。

それから思い出したように瑞希は付け足して言った。


「ああ…でも、私達の居る所に新城が行こうとすると必ず猫が防いでるみたいだよ。この間、由梨が居る方向に新城が行こうとして猫が防いでるの見た」


「マジですか……」


私は溜息を吐いて言った。


「まさか、そんな事になってるなんて…」


「何故そこまでして、裕君を私達と合わせないようにしているのかな?」


首を傾げながら桃花が聞く。

私はそれに頷いて腕を組んだ。


「確かに…なんでだろう?」


「猫が独り占めしたい……とか」


隣で文庫本に目を向けながら瑞希が呟いた。

私と桃花は顔を見合わせてから吹き出す。


「そんな訳ないじゃん!」


「そうだよ」


「でも可能性はゼロじゃない」


笑っている私達に対して、瑞希が表情を変えずに言った。


「まあ…そうだけど…」


「それに猫にも意思って物があるんだし」


「瑞希の言っている事も分かるけど…」


困ったように桃花は膝に置いていた手を私の肩に置いた。

私は一度桃花に顔を向けてから、文庫本から目を離さない瑞希に視線を移した。


「でも、もしも瑞希の言ってる事が正しいとして裕は何で猫をどうにかしたりしない訳?」


「あいつ、確か猫苦手じゃなかったか?」


私の問いに対して答えたのは瑞希ではなく、いつの間にか聞いていた澪だった。

その言葉を聞いて私はハッとする。

隣で桃花も同じように目を見開いて、両手で口を覆っていた。


「そっそっそっそうだよ!どうにかしないじゃなくて、出来ないんだよ!どっどうしよう……」


「桃花、落ち着いて!ここはピィちゃんに猫をなんとかしてもらえば……」


「おい、二人共落ち着けよ」


溜息まじりに澪はそう言った。

言われて少し冷静を取り戻した私達は隣にいる瑞希を見た。


「一旦離したとしても、また戻って来るだろうね」


本を閉じながら瑞希は落ち着いた声でそう言った。

それから立ち上がり、スタスタと歩き出す。

私と桃花は慌てて瑞希を追いかけた。


「ちょっと、瑞希!どこに行くの?」


「行けば分かるから…」


瑞希は、それ以上答える気がないらしい。

龍と話をしていた美雪先生の腕を掴んで、また歩き出した。

話をしていた龍はポカンとした顔で瑞希に引っ張られて行く美雪先生をただ見ていた。

私も、これから瑞希が何をするのか分からず、ただ付いて行くだけだった―――――……。


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