お見合い②
さてさて、やって来ました。
和食屋【和心】に着いた私達は店の前で立ち往生していた。
誰にともなく、私は言った。
「で…入るの?」
「そりゃそうだろ、何のために来たと思ってんだ!」
「龍が美雪先生に会うため…だよね」
「ばっ言うなよ!」
何故か照れる龍を放って、瑞希がいつの間にか店の戸を開けた。
私達も慌てて付いていく。
「いらっしゃいませ」
温厚そうな女性が丁寧に頭を下げて言った。
瑞希が尋ねる。
「すみませんがこちらに蘇芳美雪という女性は来てませんか?」
「蘇芳美雪様…お見合いで来ている方でしょうか?」
「はい、実は姉でして…用事で遅くなってしまったんです…」
「まあまあ、ではご案内致します」
柔らかい笑みを浮かべ、女性は先に歩いて行った。
迷いなく瑞希が付いていくのを見ながら、私は言った。
「私達も行く?」
「当たり前だろ?」
龍が意気揚々と付いていく。
私と裕は顔を見合わせて、苦笑しながら付いていった。
美雪先生のいる客間に着き、女性は頭を下げて去って行った。
「この先にいるんだな、美雪先生が」
「でもお見合い中なんだよ、邪魔していいの?」
「あ」
裕が声を発したのと、瑞希が戸を開けるのとはほぼ同時だった。
驚いた表情でこちらを見つめる親御さんと相手の方。
私は瑞希の後ろに隠れ、肩を掴みながら言った。
「何してくれてんのぉぉぉ?!」
「さっさとしないかr「とんだ空気読めないKYだよ!!」
「皆、どうしてここに?」
キョトンとした顔をしながら美雪先生が聞いた。
龍は俯いて何も言わな…言えないのか。
そりゃそうだ、貴方に会いたいが為だけに、ここまで来ましただなんて言えない。
「美雪先生に会うために来ました!」
その言葉に美雪先生は、またキョトンとする。
言いおった!こいつ、何の恥ずかしげもなく言ったよ!
「え?」
「だから…そのまんまの意味で…」
言いかけて龍は時が止まったかのように固まった。
目線の先には相手の男性。
なんだなんだ?知り合い?
龍が顔を引きつらせて、次の瞬間こう言った。
「兄…貴?」
「「は?」」
見事なハモりで私と瑞希は龍の顔を見た。
兄貴…お兄さんだと?!
私達の動揺など無視して、お兄さんに近づいて行く龍。
「なんで兄貴が…」
「教師とは聞いてたけど…お前の所の先生だったのか」
「いや、気づくだろ普通」
「大丈夫か?上手くやってるか?」
「心配すんなよな、兄貴」
「弟よ…」
なんだこれは…?
見つめ合って、仲いいのは充分分かったけれど。
状況掴めてない私達を放っておくのは如何なものだろう。
「うまっ…」
ああ、マイペースな瑞希がご飯を頬張っている。
食べてないでこの状況どうにかしようよ?!
そんな私の思いが届いたのか否か、瑞希はご飯を飲み込んで言った。
「とりあえず説明してもらいたい、由梨達が置いてかれてる」
「まるで自分は分かってるみたいな言い方…」
「大体の予想はついてる」
再び、口に食べ物を運ぶ…あれ、それ美雪先生のじゃん。
「俺の兄貴、下の名前が蒼。なんでか美雪先生とお見合いしてたんだよな」
「さっきの口振りからして私達の学校の教師とは気づいてなかったみたいだけど?すみません、これも貰います」
ついに蒼さんの料理にまで手を出した瑞希…食いしん坊が!!
龍は首を捻りながら言う。
「そこだ、兄貴はしっかりしてるくせに変なところ抜けてるんだよな」
「すまんすまん」
苦笑いを浮かべて腕を頭の後ろに回しながら蒼さんが言った。
「あら、裕君久しぶりね?まあまあ…こんなに男らしくなって…」
「いえいえ」
「彼女は出来たのかしら?」
「それはまだです」
「まだって事は予定はあるのねー!!」
隣では久しぶりの再会による裕と瑞希と美雪先生の母親らしき人の会話が繰り広げられている。
恋バナでテンションが高くなっている美雪先生と瑞希の母から目を逸らし、龍と瑞希達に視線を戻す。
「とにかく今すぐ止めろよ」
「なんでだ?」
止めるよう龍に言われ、意味の分からない蒼さんは首を傾げる。
すると瑞希が立ち上がって蒼さんの耳に口を近づけて言った。
「龍は姉に惚れてるんですよ」
ギョッとした顔をして、蒼さんが瑞希を見る。
龍は赤面…聞こえてたんだ…まあ、私でも聞こえたしね。
当の瑞希は澄ました顔で食事再か…それ、お母さんのじゃない?
「そんな訳で、龍は中止してほしいわけです」
龍の気持ちを代弁した(らしい)瑞希は言った。
美雪先生は先程の会話が耳に入らなかったようでキョトンとしている…ずっとだけど。
「裕君好きな子いるの?」
「はい」
「あらー!もうっ!頑張って彼女のハートをゲットしなきゃねー?」
「そ、そうですね…ははは」
いつまで話してるの、お母さん?!もう裕を解放してあげて、可哀想だから!疲れちゃってるから!
しかし、そんな私の思いも虚しく、瑞希達の母は続ける。
「それで誰なのかしら?おばさんの知ってる人?」
「どうでしょうか…中川桃花さんっていうんですけど」
「知らない子ね…」
眉間に皺をよせて険しい顔をする母。
そして何だかんだで好きな人言っちゃう裕…ん?今、桃花って言った?
思わず私、会話に乱入しました。
「え?ちょっと待って!桃花って…桃花?」
「…はい」
驚きながらも、はにかんで頷く裕。
私は開いた口が塞がらなかった。
平然としている瑞希を見れば、知っていたのだと分かる。
他の桃花を知っている皆は私と同じような反応をしていた。
にしても意外や意外…裕もマドンナに惚れているとは…恐るべし。
「いたー!!」
噂をすれば…というには都合の良すぎるマドンナ・桃花さんの登場。
汗だくになりゼィゼィと肩で息をしながら、桃花は私達を指差した。
驚きながらも私は聞く。
「どうし…まさか、ここまで走ってきたり?」
桃花の様子からみて、そう考えるのが妥当だと思う。
汗を拭い、息を整えながら桃花は言う。
「置いていくから…仕方なく…」
「仕方なくで走って来れるって、凄いな!」
「それで来てみれば…」
キッと美雪先生を睨み付けて、桃花は溜め息を吐いた。
しかし、美雪先生はフリーズしたまま動かない。
肩を揺すって私は声をかけた。
「えっと…先生?」
「………」
「ダメだ、急展開について来れてない!!」
私は一先ず美雪先生は諦める事にした。
それよりも…。
無言状態の続いていた瑞希達を見る。
食事を終えて、満足したのか箸を置いて瑞希は言う。
「さっきのは、あくまで龍の意思ですから続けるならどうぞ」
「続けるならって…」
困惑している蒼さんは龍をチラッと見た。
それはそうだ、先程の事を聞かされて「はい、そうですか」なんて言えない。
「あらこの子?この子なの?」
瑞希達の母は桃花を見ながら、小声で裕に言っている。
お母さーん?いつまで言ってるの?!しかも聞こえてますよ?!
運の良い(?)事に桃花は龍達の会話に集中していて聞こえてないようだ。
相変わらず、美雪先生はフリーズしていた。