1-3
ルディさんとの長話を終え、神殿の外で待っていてくれたジェイ達と合流した。
いつの間にか外が真っ暗になっていて驚いたけど、まあ半日も寝てたなら当然だと思い直す。
「遅せーよ」
とか散々ジェイに文句を言われたけど、気にしない気にしない。
近くにジェイ達の馬が繋いであるらしく、馬で近くの宿場町まで行って、今夜はそこで宿をとることに。
神殿を出てから満開の桜が延々と続いていた
もしかしたらこの景色が永遠に続いているのかもなんて思ったけど…、どうやら夢の終わりが見えてきたみたいだ
少し先にはもう、暗闇に浮かぶ薄紅色はない
一度だけ後ろを振り返って、しっかりと目に焼き付ける
あの人が残してくれたものを
そして目を閉じ
優しい景色に背を向け、強く前へと歩き出す
優しさを過去に置いていくように―――
「さくら」
そう言って馬の上から手を差し出すジェイ。
神殿を出てからみんなずっと無言のまま、馬が繋いであるところまで来てそれぞれが自分の馬に乗った。
私はどーすればいいかな、なんて見ていたところにジェイの呼ぶ声
馬に乗って手を差し出すジェイの姿がさまになってて、なんかちょっと複雑。んー。
「ルディさんー、後ろ乗せて下さいー」
あえてジェイは無視して、明るい声で言ってみた
「てめえ、シカトしてんじゃねーよ」
「いや、気絶してる人にセクハラするような人の後ろには乗りたくないかなーって」
神殿で抱きしめられてた事、まだ根に持ってるんだから。
「あれくらいでセクハラになるかよ。いいから乗れ」
そう言うと、私の腕を掴んで無理矢理私の体を持ち上げて馬に座らせる。
自然とまたジェイに抱きしめられるような体勢に
「うわわっ、強引すぎるよ」
「ごちゃごちゃ言ってるお前が悪い」
後ろを振り返ってジェイを睨みつけると、嫌みな顔で笑ってるし。
本当に強引だなあ…。
「あーもういいですよ、ちゃちゃっと宿場町に出発して下さい」
諦めてなげやりにそう告げて、ジェイに掴まれたせいで痛む腕に癒しの魔法をかける
淡い光が腕をつつみ、痛みが引いていく。
よし、これでもう大丈夫。
「さすが。癒しの魔法も使えるんだな」
馬を走らせながら、なんか余裕そうな態度で言ってくる
「まあね。そーいう話は宿でゆっくりとしよーよ」
「そうだな。じゃあ飛ばすぞ」
それから宿場町まではあっという間だった。
飛ばしすぎだろってくらい馬を速く走らせた、オレンジ頭のせいなのは間違いないんだけど。
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その宿場町はとても小さな町で、宿と旅人向けの商店が数軒あるだけだったから、私達はまっすぐ宿へと向かった。
宿の店主と話していたルディさんが困ったように私に言った
「あの、空き部屋は4人部屋が1つしかないそうなんですが…」
「ちょうどいーじゃねえか」
「いやいやっ、なんでジェイが答えるのよ。ルディさん明らかに私に聞いてくれたでしょ」
男と同じ部屋はまずいですよね…っていうルディさんの配慮だったのに。
「あ?それしか空いてねえんだから仕方ないだろ」
「誰も一緒が嫌だとはいってないでしょ。ルディさん、私は別に気にしないから大丈夫だよ」
ルディさんに向かってにっこりと微笑んで、その部屋でかまわないと伝える。
いちいちうるせー奴だ、とかなんとか言ってるジェイはもちろん無視。
なんかジェイとの軽い口喧嘩がお決まりになってきた気がする。
部屋は少し固そうなベッドが4つと小さな窓が1つあるだけの、簡素な作りだった
「さてと、この世界の事いろいろと教えてほしいな」
みんながそれぞれベッドに座ったのを確認して口をひらく
「じゃあとりあえず、この国の情勢あたりから始めるか」
そして私は3人から教えてもらって、これから旅をするには必要なだけのこの世界の知識をえられた。
3人って言っても、ほとんどジェイが話してくれたんだけど。
サイラスさんはもともと無口だからなんだろうけど、ルディさんはいつもジェイといる時は出来るだけ口を挟まないようにしてる感じなんだよね。やっぱり立場的なものがあるのかな…
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人間が住んでいるこの大陸は、今も1つの王国として成立している。
ただ最近各地でテロが頻発に発生していて、テロリストの集団の存在が目立ってきているという
そして200年前と大きく違う事は、魔術師と呼ばれる存在がいる事だ
人間と魔人種の戦争が終結した時、多くの魔人種は人間が住む大陸に攻め入っていた。
その為その後しばらくは混乱が起き、その混乱に乗じて人間と魔人種との両方の血を引く子供が沢山生まれた
その子供達は、魔人種の人よりも圧倒的に長い寿命や肉体的特徴は受け継がなかったものの、親となった魔人種特有の魔法が使えるようになったという
その力は子孫にも遺伝し、人間だけど魔人種の魔法が使える人々が存在するようになった。
その人々を魔術師と呼んでいる。
魔術師は昔ひどい差別にあっていたらしいが、今ではその力が認められ魔導士と同じように扱われているらしい
そしてもう1つ。
私が得意とする風の魔法は、今のこの世界には使える人はいない為、滅びた魔法だとされているという。
だから神殿の前でサイラスさん達と戦った時、呆然としてたんだね
…これからは無闇に風の魔法を使うのはやめよう。
教えてもらった事はまあそんな感じ
後は魔人種を治める魔王が代わったらしいけど…、私には直接関係ないし。
「ああ、明日王都に着けばどうせわかる事だから言うが…、俺の名前はジェイフォード・アレクシスだ」
………うわー、アレクシスって王家の家名だよ。
しかも王家の直系
「ある程度偉い人だろうなとは思ってたけど…、まさか王家の人だったとはね。もしかして皇子様ってやつ?」
「まあな、いちおう第一皇子だ。少しは敬う気になったか?」
「まさか。私にはジェイがどういう人だろうが関係ないし」
たとえそれが次期国王だとしても。
私がそう言うと、ジェイはまたあの嫌みな笑顔を浮かべた
「さすがだな。俺に向かってそんな事言う奴、ほかにはいねえよ」
「だからそんなワガママに…、ってウソウソ」
「お前は本当に口が減らねえな、いちいち相手にしてたら話が進まねえ。
俺が言いたかったのは、俺達と一緒に王都に行っておけば今後の旅が楽になるって事だ。だから…逃げようとか思うなよ?」
さっきまでの嫌みな笑顔を消し、真剣な目を向けてくるジェイ
っていうか…、バレてたのね。
実は今夜こっそり抜け出しちゃうつもりだったのよ。
ジェイ鋭いなあ。
この世界で生きていく為に必要な事はある程度聞けたからね。
それに王都行ったらそのまま街だけ見学するってわけにも行かないだろうし、王様に挨拶とかになったら限りなく面倒くさい…。
なにより、正直このまま長い時間ジェイ達と一緒にいたくない。
この3人といるのはすごく温かくて居心地がいい。
だからその温かさに慣れてしまう前に…、一人になりたい
自分でさくらと名乗ったけど、完全にさくらになってしまうのが怖い。
200年前に置いてきた人達や、見殺しにした彼を裏切ることになりそうで
「突然なに言い出すのよ。何にも悪いことしてないのに逃げるわけないでしょ」
ごめんなさい、ここは嘘つかせて。
「いや、お前王都行くのとか嫌いそうだし。それになんとなくそんな予感がしてな」
「もうくだらないこと言ってないで、今日はもう寝よっか。話の続きはまた明日」
「そうだな」
「じゃあジェイ、ルディさん、サイラスさん、おやすみなさーい」
3人のおやすみという声を聞きながら、私はそそくさと布団に入った