2017年夏
机に向かう。問題集を開く。一問解く。解いたら15分(以上)の休憩。
頭が痛い。
頑張ろうとすると吐き気がする。私は努力ができない。努力の先の栄光に興味がない。今さら最低限の地位を得たところで何の意味もない。
1ページ解くのに1日かかった。
それでも自分が解いたページを見直すと吐き気が少し収まる気がした。
気がしただけだった。この問題集はあと100ページはゆうにあるし、試験は9教科だし。
こんな私でも学校に通い課題をこなしていた時期はあった。というかそれが当たり前だった。学校に通わないという選択をとるやつの気が知れない。サボるにしたってテレビを眺めるだけの日を一日楽しめば十分だろう?そう思っていたのに。何もしないことは楽な事だと思っていたのに。無理矢理意味のある一日を作ろうとしては空白に押しつぶされる日々を送っている。
不登校だとかニートだとか、これらはほぼ蔑称だけれど、それでも私を区分けする言葉があって良かったって思う時がある。もう名乗れる身分がないからさ。思うと、試験に合格すれば履歴書の空白が少しは埋まることにはなる。やる「意味」だけはあったようだな。やりたくないけど。
高卒認定試験の今年の試験日は8月の2日と3日らしい。まあ今日だけど。
試験会場は家からはちょっと遠くて車で2時間かかる。だからお母さんの運転する車に乗せてもらってるとこ。出来の悪い息子のせいで24時間のうち4時間以上を無駄にすることになるわけだけど、この人は一体どんな気持ちなんだろう。聞いてみればいいんだけど、今はまだ敵と自分とそれ以外の声の区別がつかなくて、会話をしても頭に入ってこないからさ。
たぶん励ましの挨拶をもらって試験会場の中に向かう。指示に従って指定された席に着く。周りを見渡して確認する勇気はないけれど、目につく人を見て思ったことがある。
予想よりも年齢層が高い。しかも元学生っぽい人はほぼいない。現在進行形で社会人やってそうな人が大半で、平均をとったらたぶん30代程度にはなる。この資格の使い道は就職か進学以外ではないはずだから、その歳まで社会で生きていられるなら俺みたいに必要に駆られてって感じじゃなくて自分のためかな?
もしそうなら、それはプライドとか自己満とかそういう類の言葉でくくられる挑戦かもしれないけど、そういう頑張り方があるかもしれないと思えただけで自分の世界が少し広がった気がした。
この試験は年2回あるから、9教科のうち5教科しか今回は勉強してなくて、その5教科すら過去問を一周しただけという体たらくだけど、あがいてみることにする。




