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【短編小説】夜の光は全て苦痛

掲載日:2025/12/20

 天の光は全て苦痛だ。

 俺たちはそこに向かって進む電車に乗っている。

 暗い窓の外を幾千もの苦痛が流れていく。

 俺は涙を流す。涙は光るか?

「なんでこうなった」

 人生はいつだって後悔の連続だ。

 この電車に乗ったことだってそもそもが間違いだった。


 さっきまで俺はやたら長いホームに立っていた。どの電車を待っていたのか分からない。ホームに滑り込んできた電車に乗るつもりだった。

 行き先はどこでも構わない。結局は苦痛に向かうしか無いからな。

 ホームで煙草を吸い始めた酔っ払いの白人がいたので俺は後ろからそいつの金玉を安全靴で蹴り上げた。

「いつも心に生麦事件!」

 と叫ぶと白人の男は倒れた。

 “夏の名残”と油性ペンで書かれたMade in Japanの風が吹き抜けて行った。

 心地良い。

 俺は悶絶白人の絶叫恋人と思しき女を指差して「非国民」と言おうか迷ってやめた。

 本筋からズレてしまうと迷子になる。

 やたらくたびれた電車がホームに滑り込んできた。だから俺は黙って電車に乗り込んだ。

 奴らが電車に乗れたかどうかは知らない。



 悶絶白人と絶叫恋人の様子を撮影している若者たちがスマートフォンをこちらに向けたので手を振った。

 電車が動き出して若者たちは遠ざかる。赤く光りながら。もしかしたら紅く光っていたのは俺かも知れない。

 その話はここで終わりだ。

 奴らが新右翼の若造になり、さっきの俺の真似をして、酔っ払っては我が物顔で街を練り歩きゴミを棄てる外国人の観光客たちを刺して回ろうが俺には関係が無い。

 少しばかりのグリンゴをやったところで、世界はもう手遅れだ。

 でももう少しだけ俺の話を聞いてくれ。



  俺は電車の中を歩いていく。

 先頭車両から最後尾に向かって、未来に進みながら過去に戻るみたいに。



 車輌端のボックス席を占領する乞食が饐えた臭いを発しながら眠りに落ちている。

 それが本当の眠りなのか偽物の眠りなのか、または死そのものなのかは傍目に知る事ができない。

 だが俺は知っている、乞食がガキを見る時の目はとても綺麗だ。

 怨みとか憎しみでも無い。後悔や憎悪では無い。ガキの純粋な「乞食ってなに」と対になる「将来の夢ってなに」をその濁った目から掬い上げた光が滲み出る。

 その光がガキの足元を照らす。

「そっちに行くなよ」

 階段で背中を丸めて座り込む乞食は小便を漏らしながら教える。

 ガキは親より先に世界を教わる。


 現在は乞食をしている彼が最後に幸福を感じたのはいつだったのかと訊きたい衝動に駆られながら彼の黒くひび割れた手の中で伸び切って丸まる爪を見ている。

 その爪の隙間から彼の過去が砂や垢になって剥がれ落ちて行くのがよく見えた。

 こんにちは、さようなら。

 過去と未来。

 現在は電車の様に駅を通過していくからよく見えない。

 そうだ、彼は突然にポップした訳じゃない。積み重なった過去、伸びた爪や髪の様に過去があって現在がある。

 彼が親だとか恋人、または友人と最後に過ごした幸福な時間を思うと死にたくなる。



 嘘だ、いま仮に彼が幸福な夢を見ているのなら殺してやるべきじゃないのか。



 生きてる事は素晴らしいと限らない。

 奴がカワイソーだとか、ベンチで眠らせてやって欲しいとか、そう思うならお前が部屋に上げて風呂を浴びせてやれ。

 俺は断る。

 俺が仮にそうなったのなら、俺が仮に彼であったのなら、いまこれが彼の見ている夢なのだとしたら人道的な措置として強制終了をさせるべきだ。



 そんな事は能無しの国連だって学級委員会より先には結論を出せるだろう。

 いや、タッチの差かも知れない。

 川崎駅南口を出た瞬間にガキ達が俺を殺そう群がってきたのなら俺は乞食だし、女が精子欲しさに群がってきたのなら俺は白人だ。



 しかしいずれはガキに刺されて死ぬ。

 それは超越されるべき存在だと言うことだし、それだけの価値があると言うことだ。

 つまり繁殖だ。

 社会だ。

 俺はどこへ?光の射す方へ。

 それはなに?苦痛だ、苦痛を超越しないと俺の存在はマイナスのままだ。


  天の光は全て苦痛だ。

 俺たちはそこに向かって進む電車に乗っている。

 窓の外を幾千もの苦痛が流れていく。

 俺は涙を流して息を顰める。

 窓ガラスに写った乞食の目は果てしなく濁っていて、だが床で眠る白人の思い出よりは綺麗に光ることがあった。

「ほんたうのさいわひ」

 俺は叫んで窓を開けると、ありとあらゆる光が飛び込んできて、全てが終わった。

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