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藍色の空

藍色の空 ~第6章~

作者: ジョンジ
掲載日:2025/10/22

雪が降り積もる冬の街。

藍が見せた大人びた表情の裏に、誰も知らない現実が隠されていた。

空汰はただ、何もできないまま、胸の奥を締めつけられるような痛みを感じる――。

あの夜から、藍は学校に来なくなった。

 教室の空いた席は、まるで時間が止まったみたいに静かだった。

 誰も触れようとしない沈黙の中で、空汰だけが、机の上に視線を落としていた。


 “俺が何とかする”

 ――そう言ったのは自分だ。

 けれど現実は、どうしようもなく重く、冷たかった。


 スマホの画面を見つめても、藍からの返信はない。

 送信済みのメッセージの青い吹き出しが、ただの文字の塊に見えてくる。

 彼女がどこで、どんな顔をしているのか、何もわからなかった。


 けれど、それでも。

 「信じたい」と思った。

 どんな形でもいい、藍がまだ“藍”でいてくれることを。



 夜の街を歩く足取りが、自然と早くなっていた。

 塾の帰り、ふと目に入った“Luna”の看板。

 その柔らかなピンクの光に、空汰の心臓が小さく跳ねた。


 中から笑い声が漏れる。

 ――その笑い声が、なぜか痛かった。


 扉の隙間から、藍の姿が見えた。

 作り笑顔。

 白いワンピース。

 いつもより少し大人びた仕草。


 だけど、空汰にはわかった。

 その笑顔の奥に、どれほどの疲れが隠れているかを。


 “あの藍は、本当の藍じゃない。”


 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 気づけば、足が勝手に動いていた。



 外に出てきた藍と目が合う。

 驚いたように目を見開き、彼女は小さく息を呑んだ。

 「……空汰くん、なんでここに」

 「心配だったから」


 その言葉を口にしたとき、自分でも驚いた。

 まるで、誰かに突き動かされるように自然に出てきた。


 「心配……してくれたの?」

 「当たり前だろ」

 空汰は息を吸い込んだ。

 「無理してる顔、見たくなかったんだ。あの夜から、ずっと気になってた。藍が笑ってても、どこか遠くにいる気がして」


 藍は俯き、唇をかすかに噛んだ。

 「……見られたくなかったの。こんな私」

 「そんなことない」

 空汰の声は、震えていなかった。

 「俺、藍のことちゃんと見てる。どんな姿でも、ちゃんと見てる」


 自分が何を言っているのか、よくわからなかった。

 けれど、その瞬間だけは嘘をつけなかった。

 藍を守りたい。

 この場所から、あの光の中から、連れ出したい。

 それがただの“子どもの正義感”でも――本気だった。


 藍はしばらく黙っていたが、やがて微笑んだ。

 「……ありがと。でもね、もう少しだけ頑張りたいの。自分で」

 「頑張ること、やめてもいいんだよ」

 「……ううん。私、自分の足で立ちたい」


 空汰は何も言えなかった。

 だけど、その言葉を否定する気にもなれなかった。

 藍の中に、確かな“意志”が見えたから。



 その帰り道。

 冷たい風が頬を切るように通り抜けた。

 けれど、心の中は少しだけ温かかった。


 空汰は手のひらをぎゅっと握りしめる。

 「俺、絶対に負けない」

 小さく呟いたその言葉は、誰に聞かせるでもない。

 それでも、自分への誓いのように響いた。


 藍を助けるなんて、簡単に言えることじゃない。

 それでも――守りたいと思った。

 彼女が笑っていられるように、自分がその“理由”になりたいと思った。


 雪が静かに降り始めた。

 街灯の光がぼんやりと反射し、白い粒が空に舞う。

 その光景の向こうに、藍の笑顔を思い浮かべる。

 もう一度、あの笑顔を見られる日まで――。


 空汰は歩き出した。

 凍てつく夜の中を、まっすぐに。

空汰の心に芽生えた想いは、まだ幼く、不器用なまま。

けれどその優しさが、藍の孤独に小さな灯をともしていく。

それは、ふたりの運命を静かに動かしはじめる冬の夜だった。

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