【万博転生】大阪万博閉幕後に異世界転生した結果、世界を抱く神の環となる話
――俺はただの木の輪っかだ。
立ってるだけなのに、人間どもが勝手に「加護」だの「慈悲」だのと祈り始め、
気づけば世界を救っていた。
2025年10月13日。
最後の花火が夜空を焦がし、万国の歌声が響いた。
幾千万の光が会場を満たし、拍手と歓声がうねりとなって消えていく。
大阪湾岸に築かれた祭典は、こうして幕を閉じた。
人々は去り、パビリオンは灯を落とし、祭の幕は下ろされた。
残響だけが広場を満たし、静けさが降りた。
――ただひとつ。
二キロにわたる巨大な木の環 だけが、海辺に屹立していた。
俺はただの木材でできた輪。
立つしか能のないただの環だった。
役目は終わった、はずだった。
その時、光が満ち視界が裏返る――――
◇
草は芽吹かず、川は干上がり、風は砂を転がすだけ。
瘴気すら避けて流れ、魔も人も顧みない。
大地は裂け、骨は白く、空は黙したまま。
そこは、神々にさえ見捨てられた不毛の大地。
――そこに、俺は降り立った。
周囲を見渡す。人影なし。動物すらいない。
空には太陽が二つ。白と赤。
――まあ、誰がいようといまいと関係ない。
俺はただの環だから。
◇
雨が降った。
瓦礫の隙間に水がたまり、残飯や紙屑にじわじわ染みこんでいく。
そこから芽がひょろっと出てきた。
――いやいや。水とゴミが勝手にやっただけでしょ。
飢えにやつれた一人の旅人が、その光景を目撃した。
「……なんだこれは」
驚愕と歓喜が入り混じった声。
「神の環 が大地を蘇らせた!」
彼は仲間に告げ、噂が広がり始めた。
やがて数人の人間が現れ、環 に祈りを捧げるようになった。
――なんもしてないのに。
◇
環 の周りに粗末な小屋が建ち、やがて集落が形を取った。
ある日、洗濯物が風で空へ舞う。
「神の旗だ!」と誰かが叫び、白いシャツを祭具にし始めた。
――ただの洗濯事故だよね?
パン屋は窯の前で汗だくになっていた。
そよ風が通ると、火加減が安定し、パンがふくらんだ。
「聖なる膨らみ!」と人々は拝む。
――いや、ただのイースト菌の働きだから。
子どもが凧を揚げ、風に乗って高く舞い上がる。
糸が切れた瞬間、「神と繋がった!」と大はしゃぎ。
――ただ糸が切れただけだ。
◇
集落は広がり、畑と市場ができた。風車が立ち、粉挽きが楽になる。
「環 の加護だ!」
――いや風が吹いてるだけ。
雨でモグラが溺れかける。村人が救い上げ、歓声があがった。
「環 の慈悲だ!」
――助けたのはその村人でしょ。俺はただそこに"在る"だけ。
石を積んで神殿が建ち、柱には鈴が吊るされた。
商人が集まり、街として賑わいを増す。
街は都市へ。石造りの建築、大広場、供物の山。
風が通り、澄んだ音を奏でる。神官が熱弁をしていた。
「環 は神の声を届ける!」
行列や仮面舞踏も始まり、街には護符を売る商人が並んだ。
――ただ風が鳴らしてるだけだ。
祭りも始まった。太鼓と笛が鳴り響き、
『天環祭』と呼ばれるようになった。
夜ごと灯火がともり、壁画には環 の姿が描かれた。
環 を中心に都市が拡がっていく。
――俺はただ木でできた輪。勝手に盛り上がっていればいい。
夜になると、環 の光に群がるユスリカの大群が舞った。
人々は「神の羽音」として崇めた。
――虫だ。ただ光に寄ってるだけだ。
やがて人々は呼んだ。
「世界を抱く神の環 」 と。
しかし、豊かさは常に影を呼ぶ。
祭りの歌が絶えぬ都市にも、やがて黒き影が忍び寄った。
最初は風の噂だった。
「北の森で村が消えた」
「帰らぬ兵がいる」
人々は笑って打ち消そうとしたが、誰も目を合わせなくなった。
やがて現れたのは、地平線を染める黒い旗。
乾いた風が鉄と血の匂いを運び、
その奥からは、鈍い太鼓のごとき軍靴の響きが近づいてきた。
子らの笑いは消え、商人は荷を隠し、
祭りの太鼓すら恐怖に掻き消された。
人々は知った――魔王軍が迫っている、と。
戦乱の最中、市民は逃げ惑った。
家屋が倒れ、子どもが下敷きになりかけたその時、
突風が柱を押しのけ、空間が開いた。
「環 が救ったぞ!」と歓声があがる。
――まあ、風は吹いてたけど。
突風が荒れ、斥候が叫びと共に崖へと呑まれた。
「これは神の先制攻撃だ!」
――ただの転落事故でしょ。
呪文は逆巻き、煙は術者へと還り、轟音と共に肉を裂いた。
「神が呪いを返した!」
――いや、ただの自爆。
火矢が倉庫を焼き払ったが、天は雨を降らし、炎を打ち消した。
「環 の慈悲だ!」
――タイミング合っただけ。
戦場に翻る黒き軍旗は、烈風に折られて泥へと沈んだ。
「環 は我らを選んだ!」
――ただのボロ布だ。
竜が空を裂いて舞い降りたが、嵐がその翼を裂き、地に叩き落とした。
「環 が竜を屠った!」
――自滅。俺関係ない。
そして魔王の本陣。
重き鎧は風に鳴り響き、その轟きは大地を震わせた。
「環 の咆哮だ!」
――……。
そして――
天を割る光が環 を包み、
その輝きに誘われて、無数のユスリカが集い始めた。
一匹は点に過ぎず、十匹は塵に過ぎず、
だが千、万と重なると、 それは黒雲となって渦を巻き、
昼を夜に変えるほどの暗き軍勢となった。
兵は恐慌に陥り、魔王の影は霧のように散った。
そして群れは光を浴びて金に染まり、
朝空を覆う黄金の波となった。
「見よ! 黄金の軍勢だ! 神が遣わした!」
地を震わせる祈りと歓声が、夜の天へと昇っていった。
――ただの虫だ。
それでも、あの光景は確かに荘厳だった。
木の環 は静かに朽ち、ユスリカも短命に散った。
俺はただ、木でできた環 。
虫もただ光に集っただけ。
けれど人間が語るなら、それは“神話”になる。
人々の寓話は時代を超えて伝えられていく。
『終わりゆく世に天から神の環が降り、 黄金の軍勢に護られて世界を繋ぎ直した』と語られる。
環 は静かに朽ちても、物語の中では永遠に残った。
――俺は輪っかひとつにすぎないのに。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
大阪万博ももうすぐ閉幕ですね。祭りの終わりは少しさみしいですが、だからこそ「環」という形で残したくて書きました。
本作は【台風転生】の姉妹作です。
嵐が五日間で駆け抜けたのに対して、こちらはただ立つだけの木の輪が、長い年月を経て“神話”になっていく物語。
実は同じ世界・同じ時間軸で、魔王軍が右から左からダブルで大変なことになっていた……という裏設定もあります(笑)
ネタから始めたシリーズですが、人間の「解釈の力」で出来事が“奇跡”や“伝承”に変わる――そんなギャップを楽しんでいただけたら嬉しいです!
もし少しでも面白かったら、ブックマークや評価★が次の創作の励みになります。
そして未読の方はぜひ【台風転生】もどうぞ。二つ合わせて読むと、世界の広がりや裏側のリンクがちょっと笑えます。
それでは、また次の“ソコニアルモノ転生神話シリーズ”でお会いしましょう!
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そして今回の続きとして、【夕立転生】も公開しました。
小さな雨粒がひとりの悪役令嬢を救う物語、よければこちらもぜひ。