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書籍化:門番の俺、スキル【見送る】でいつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二部 第三章

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『剣聖リアムと呪縛の呼び声』- 9

 剣を下げた僕を見て、魔族は露骨に落胆の色を見せた。


「命乞いの次は、降伏ですか。つまらない男だ」


 嘲笑が降ってくる。

 だが、それは僕にとって好都合だった。彼が僕を「つまらない男」と認識すればするほど、その警戒心は薄れていく。

 僕は、震える声を作って呟いた。


「……どうせ、何をしたって無駄だ。あんたには敵わない……」


 嘘ではない。

 力でも、速さでも、魔力量でも、僕はこの魔族に遠く及ばない。

 まともに戦えば、十回やって十回負ける。

 だから、まともに戦わない。


「ええ、その通り。賢明な判断です。ようやく、自分の立場というものを理解しましたか」


 魔族は満足そうに頷いた。

 彼にとって、人間は対等な敵ではない。蹂躙する対象でしかない。その傲慢さが、今の僕にとって唯一の武器だった。

 魔族が、一歩踏み込んでくる。

 僕との距離は、一メートルを切った。

 その手に握られた短剣が、僕の喉元を抉るために緩慢な動作で持ち上げられる。

 死の感触が肌を粟立たせる。


(まだだ)


 僕は待った。

 魔族の筋肉が収縮し、刃が振り下ろされる、その瞬間を。

 その意識が「攻撃」に完全に切り替わり、「防御」への意識がゼロになるその一点を。

 視界の端で、カインが動こうとするのが見えた。

 だめだ、魔族の注意が逸れる。

 僕という無力な獲物に、意識を集中させなければならない。


「ところでお前、女みたいになよなよした顔してるよな。……魔族ってみんなソッチなのか?」


 魔族は一瞬あっけにとられ――直後、怒りの表情に染まった。


「虫けらごときが、この私を(あなど)るか!」


 魔族の刃が、空を切る音がした。


 ―――今。


 僕の身体が、思考より速く弾けた。

 それは、戦士としての本能ではない。

 脳内で組み立てたシミュレーションを、肉体でトレースする作業だ。

 予備動作を極限まで消した。

 振りかぶらない。体重も乗せない。

 ただ最短距離を、最速で突き出す。


 狙うは一点。


 鎧に覆われていない、無防備な首筋。

 そして、その切っ先に、僕は残った全ての魔力を凝縮させた。

 大きく派手な光ではない。

 針の先のような、極小の、しかし純度を高めた一点の光。

 僕が仮定した「弱点」。


 それは―――聖属性。


 魔族は、僕の剣技など恐れていない。

 だから、反応が遅れた。

 魔族の爪が僕の肩を抉ると同時に。

 僕の剣先が、魔族の喉元に触れていた。


「なっ……!?」


 浅い。

 物理的なダメージとしては、かすり傷にもならない。

 だが、僕の狙いはそこじゃない。

 傷口に、聖なる魔力を直接流し込むこと。

 ジュッ、と肉が焼けるような音がした。


「―――ぎ、あああああああああああっ!!」


 絶叫。


 それは、これまでの冷徹な彼からは想像もできない、獣のような悲鳴だった。

 傷口から、白い煙が噴き出す。

 まるで強酸を浴びたかのように、傷が沸騰し、腐食していく。

 やはり、そうだった。

 

 魔族は短剣を取り落とし、両手で首を押さえて後ずさった。

 その整った顔は、苦痛と怒りで醜く歪んでいる。


「……き、貴様……! ただの虫けらが……!」


 殺意。

 純粋で、膨大な殺気が僕に降り注ぐ。

 魔族が体勢を立て直し、怒号と共に突進してくる。

 速い。

 今の僕には、もう避ける力も、受ける魔力も残っていない。


 死ぬ。


 そう思った。

 けれど、不思議と恐怖はなかった。

 僕は証明したのだ。

 僕の計算は、正しかったと。


(あとは、頼みます、カインさん)


 僕の視界を、一つの影が遮った。


「よくやった、リアム」


 キィン! という硬質な金属音が森に響き渡る。

 僕の胸を貫くはずだった魔族の爪を、横から割り込んだ剣が弾き上げていた。

 カインだった。

 血まみれの身体で、しかし、その剣筋は一切のブレがない。

 彼は魔族の突進の勢いを利用し、流れるように身体を回転させた。

 遠心力を乗せた刃が、銀色の軌跡を描く。

 魔族の首筋へ。

 聖なる毒に焼かれ、防御が手薄になったその一点へ。


「……無駄だ! 貴様の剣など!」


 魔族が叫ぶ。

 まだ、物理攻撃なら耐えられると思っている。

 だが、カインの剣が魔族の首に触れた瞬間、彼は悟ったようだった。

 そこに込められた、リアムの「狙い」を。


「や、やめろ―――」


 初めての、命乞い。


「断る」


 カインは短く告げた。

 そこに慈悲も、躊躇いもなかった。


 一閃。


 風が鳴るような音と共に、魔族の視界が反転する。

 宙を舞った首は、信じられないという表情のまま、地面に転がった。

 少し遅れて、胴体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 静寂が、戻ってきた。

 僕は、へたり込むように地面に座り込んだ。

 カインが血を払い、剣を鞘に納める音が聞こえる。


「……計算通り、だったか?」


 カインが、背中を向けたまま尋ねた。

 僕は深く息を吐き出し、震える手を見つめた。


「……半分はね。僕が生き残るのは、計算外でした」


 カインは振り返り、いつものように笑った。


「それは嬉しい誤算だったな」


 森の木々の間から、朝日が差し込んでくる。

 僕たちの長い夜が、ようやく明けた。

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