『剣聖リアムと呪縛の呼び声』- 7
ジャレッドの背後に立った影は、彼から短剣を引き抜くと、付着した血を無造作に払い落とした。
ドサリ、と重い音が響く。
それが、ジャレッドだったものだとは、すぐには理解できなかった。
「さて」
闇の中から現れた男――魔族は、退屈そうに次の標的へ視線を流した。
その輪郭が、揺らぐ。
認識できた時には、もう一人の仲間の首が、不自然な方向に折れ曲がっていた。
悲鳴さえ上がらなかった。
ただ、人体が地面を叩く音だけが連続する。
僕の身体は、石になったように動かない。視界の端で、カインが傷ついた肩を押さえながらオークの群れを押し留めているのが見えたが、それすらも磨りガラス越しの出来事のように遠い。
静寂が戻った時、魔族は初めて僕を見た。
整いすぎた顔立ち。そこには殺意も悪意もなく、ただ路傍の石を見るような冷徹さだけがある。
記憶の蓋が開く。僕の全てを奪った、あの時の目だ。
「……あ……」
喉から空気が漏れる。
魔族は、興味深そうに首を傾げた。
「おや。見覚えのある魔力ですね。……ああ、思い出しました。二年前に巣を掃除した時、逃した虫けらだ」
その淡々とした声が、僕の生存本能を直接叩いた。
(逃げろ)
身体が勝手に弾かれた。背を向け、無様に地面を蹴る。
「どこへ?」
耳元で声がした。
速い、とかいう次元ではない。
終わった、と悟る暇さえなかった。
キィン!
硬質な金属音。
僕の首を刈り取るはずだった短剣を、横から割り込んだ刃が弾いていた。
「……よそ見をするな」
カインだった。
全身から血を流しながらも、僕と魔族の間に立ち塞がっている。その背中は、いつもより小さく見えた。
魔族は視線をカインに移すと、値踏みするように目を細めた。
「ほう」
カインは吠えなかった。
ただ、無言で踏み込み、最短距離で剣を走らせる。
魔族は避けない。無造作に左腕を掲げただけだ。
ガキン、と嫌な音がして、カインの剣が魔族の腕の肉に食い込み、骨で止まった。
「なかなか硬い。これは、少しは楽しめそうだ」
腕を斬られたというのに、魔族は痛みなど感じていないかのように平然と言った。
その異常性が、逆に僕の頭を冷やした。
(―――目的があったから、ここまで来れたんだろう)
カインのいつかの言葉が、脳裏をよぎる。
震える手で、剣を握り直す。
「カインさん」
僕が並び立つと、カインは視線も向けずに、口の端だけで笑った。
「……遅いぞ」
「すみません」
合図はなかった。
カインがわざと隙を作り、魔族の注意を引く。
その、刹那。
僕は練り上げた魔力の全てを、剣身に乗せた。
光の帯となった刃が、魔族の喉元へと突き進む。
だが。
魔族は、まるで散歩の途中で水たまりを避けるかのように、わずかに上体を逸らしただけだった。
「……それが、君の切り札ですか」
魔族の声には、落胆すら滲んでいた。
光の刃は空を切り、僕の胴体は無防備に晒される。
魔族の短剣が、正確に僕の心臓を捉えた。
ザシュッ。
肉を裂く、湿った音。
だが、痛みはない。
目の前には、僕を庇うように割り込んだ、カインの背中があった。




