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書籍化:門番の俺、スキル【見送る】でいつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二部 第三章

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『剣聖リアムと呪縛の呼び声』- 6

 風が、妙に生温かい朝だった。


 見張り台の上で、カインは腕を組んだまま動かなかった。僕が梯子を登り、声をかけても、彼は視線だけで応えるのみだ。その目は、森の深奥にある見えない何かを射抜こうとしているようだった。


「……隣村から、ギルドへ早馬が出たそうだ」


 カインの声は低い。


「討伐依頼、ですか」


「ああ。オークの群れだとさ」


 僕は眉をひそめた。

 この時期のオークは、単独行動が定石だ。群れる理由がない。


「妙ですね」


「ああ。……森が、怯えている気がする」


 カインの勘は外れない。その不穏な空気は、夕暮れと共に形を持って現れた。

 森の方角から、男が一人、転がり込んできたのだ。

 隣村の猟師だった。右肩の肉がごっそりと削がれ、出血がひどい。

 カインが駆け寄り、身体を支える。

 男は、カインの腕を掴み、血の泡を吹きながら、うわ言のように繰り返した。


「……違う。あんなの、オークじゃねえ……」


 男の瞳孔が開いていく。最後に彼が見たのは、僕たちの顔ではなく、脳裏に焼き付いた恐怖の残像だったのだろう。

 指先が森を指し示し、そして、落ちた。

 村に、重い沈黙が降りた。

 それを破ったのは、皮肉にも、蹄の音だった。


「カイン! 冒険者だ! ギルドの依頼を受けてきたって!」


 村の若者の声に、僕は顔を上げた。

 村の入り口。夕日を背に、華美な装飾の鎧が嫌味に光る。

 見覚えのある顔。ジャレッドだった。


「……こんな辺鄙な場所が、あなたの掃き溜めでしたか。リアム」


 馬上のジャレッドは、僕を見下ろし、口元だけで笑った。

 カインが一歩、前に出る。


「俺が代表のカインだ。話を聞こう」


 ジャレッドは、鼻を鳴らした。


「ふん。依頼は受けてやりますよ。ただし、報酬は三倍。それと、一番マシな寝床と酒を用意しなさい。……こんな泥臭い村に、期待はしていませんがね」


 夜。

 提供した家からは、下卑た笑い声と、食器のぶつかる音が漏れていた。


「水みてえな酒だな!」


「違いない。王都に帰ったら、口直しが必要だ」


 僕たちの警告など、彼らの耳には届かなかった。彼らにとって、ここはただの通過点であり、オークはただの小遣い稼ぎでしかなかったのだ。


 ―――破滅は、唐突に訪れた。

 鐘の音。

 村の空気が凍りつく。

 家から飛び出してきたジャレッドたちの顔は赤く、酒臭い息を吐いていた。

 広場には、一頭のオークが立っていた。


「はん、雑魚が。手間をかけさせるな」


 ジャレッドが杖を振るう。

 炎の槍が走り、オークを呑み込んだ。悲鳴を上げる間もなく、巨体は炭化し、崩れ落ちる。


「さっすが隊長!」


「酔い覚ましにもなりやしねえ!」


 仲間たちが囃し立てる。ジャレッドは得意げに鼻を鳴らした。

 だが。

 炎が消えた闇の奥から、無数の赤い光が灯った。

 一つ、二つではない。十、二十。

 ぬ、と闇から姿を現したのは、オークの群れ。


 その中心に立つ個体は、異様に巨大で、その口からはみ出した牙は、血を啜ったかのように赤く染まっていた。


「……な」


 ジャレッドの顔から、酔いが一瞬で醒める。


『グルルルルァァアアアアッ!!』


 咆哮。

 それは獣の鳴き声というより、大気がひび割れる音に近かった。

 ジャレッドが腰を抜かす。仲間の一人が、恐怖で剣を取り落とした。

 巨体のオークが、その隙を見逃すはずもない。巨大な斧が、風を切る。


「ぼさっとするな!」


 僕は、身体ごとジャレッドにぶつかっていた。

 ガギィン!

 剣で受け止めた衝撃が、骨を軋ませる。重い。通常のオークの比ではない。


「ひっ、あ、貴様! 何をする!」


「死にたいんですか! 魔法で援護を!」


 僕が叫んだ時、ジャレッドはすでに背を向けていた。

 彼の目に映っていたのは、僕でも、敵でもない。ただ「死」そのものだったのだろう。


「……冗談じゃない。こんなところで死ねるかッ! おい、お前ら、時間を稼げ!」


 ジャレッドは仲間を突き飛ばし、森の闇へと駆け出した。


「た、隊長!?」


 残された仲間が、慌ててその後を追おうとする。

 その時。


 風が、止まった気がした。

 逃げた仲間の首が、不自然な角度で跳ね飛んだ。

 声もない。

 どさり、と肉塊が落ちる音だけが、やけに大きく響いた。


 闇が、揺れる。


 そこから、音もなく姿を現したのは、夜そのものを纏ったかのような、一人の魔族。ダークエルフ。


「―――一人」


 氷のように冷たい声。

 ジャレッドが、ひきつった顔で振り返る。


「あ、が……」


 彼の腹から、禍々しい刃が生えていた。

 いつの間にか。

 瞬きするよりも速く。

 ダークエルフは、ジャレッドの背後に立っていた。


「……二人」


 ジャレッドが、ゴミのように捨てられる。

 その瞳には、恐怖の色だけが焼き付いていた。

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