『剣聖リアムと呪縛の呼び声』- 4
カインに彼の過去を聞いて以来、僕の内面では、彼の言葉が静かな波紋のように広がり続けていた。
村での生活は変わらない。子供たちは相変わらず僕に懐き、大人たちは僕を仲間として扱ってくれる。だが、僕はまだ、彼らの輪の中に、本当の意味で溶け込めているわけではなかった。
あの日から数日後、カインは再び僕を広場に誘った。
「もう一度付き合ってくれ。今度は、本気で頼む」
その真剣な瞳に、僕は断ることができなかった。
木剣が交差する。
乾いた音が広場に響いた。
僕の剣は流麗だ。カインの猛攻をいなし、受け流して弾く。
士官学校で叩き込まれた剣筋が、僕の意思とは無関係に最適解を導き出していく。
カインの口元に獰猛な笑みが浮かんだ。
「……やるじゃないか」
彼は一度、大きく後ろへ跳んで間合いを取る。
「だが、ここから少し本気を出す」
その言葉を合図に、カインの纏う空気が一変した。
立ち上ったのはどす黒い、濃密な殺気。
それはただの威圧ではない。死線を幾度も乗り越えた猛者だけが放つ、純粋な殺意。
―――僕の世界から、音が消えた。
心臓が、耳元で鳴り響く。
呼吸が、止まる。
目の前のカインの姿が、あの日のダークエルフと重なった。
(……だめだ、こわい、死ぬ……!)
カキン、と軽い音。
僕の手から木剣が滑り落ちた。
カインは、はっとしたように殺気を消した。
「……すまん。やりすぎたか」
彼の声は、いつもの穏やかなものに戻っていた。
だが、僕はその場に膝から崩れ落ちていた。
立てなかった。全身が、恐怖で震えていた。
その夜、僕は高熱を出して寝込んだ。
悪夢にうなされ、何度も叫び声を上げたらしい。
子供たちが心配そうに僕の部屋を覗き込んでいるのが、朦朧とする意識の片隅に見えた。
翌日の夕方、ようやく熱が引いた僕がぼんやりと焚火を眺めていると、カインが隣に静かに座った。
しばらく、二人とも、ただ黙って炎がはぜる音を聞いていた。
やがて、カインが静かに口を開いた。
「……リアム。お前の悩みを聞かせてくれないか?」
「……悩み、ですか? ……別にお話しすることはありません」
僕がそう答えると、カインは見透かしたように笑った。
「俺たちは、もう仲間だろう。それとも、そう思っているのは俺だけか?」
その、あまりにも真っ直ぐな問い。
「いえ! ……そんな」
僕は、慌てて首を横に振った。
そうか……昼の立ち合いで見透かされたのか。僕の過去を。
焚火の炎を見つめる。
あの出来事は、僕の犯した罪だ。誰に話すこともなくずっと、自分の中に押しとどめてきた。だが、カインさんには言ってもいいのかもしれない。この人になら。
僕は一度深く深呼吸し、そして押し込めていた心の蓋を開けるように、静かに話し始めた。
「あれは……もう、二年近くも前の話になります――」




