『剣聖リアムと呪縛の呼び声』- 2
――東門の老門番に会う、少し前のことだった。
王都の冒険者ギルド。その薄暗い酒場の隅で、僕は依頼掲示板を眺めていた。
探しているのは、いつも同じだ。単独任務。しかも相手はゴブリンやコボルトなど、最下級の魔物だけ。
だが掲示板に並ぶのは、オーガ討伐やワイバーン調査といった、腕利きのパーティでなければ無理な高難易度の依頼ばかりだった。
「ちっ……」
思わず舌打ちが漏れる。
(どこのギルドも同じだな。魔物の動きが活発化しているって話は本当か……)
ため息をついた、その時だった。
「すみません」
背後から、まっすぐな声がした。
振り返ると、まだ少年の面影を残した若い剣士が立っていた。新品の装備に、真っ直ぐな瞳。
「パーティを探していませんか? 僕たちの前衛が一人足りなくて。よければ一緒に――」
あまりにも真っ直ぐな誘いだった。
だが僕はすぐに首を振ろうとした。パーティ。仲間。その言葉は、僕の古傷を抉る呪いの響きを持っていた。
だが、返事をするより早く、横から別の声が割り込んできた。
「おいおい、ルーカス。そいつが誰だか知ってて誘ってんのか?」
体がびくりと強張る。
声の主は、かつての学友――ジャレッドだった。
鋼の鎧に飾り立てた長剣。いつも通り、見た目だけは立派な男。
「え? ジャレッドさん、この方は?」
ルーカスが困惑した顔で尋ねると、ジャレッドは芝居がかった声で言い放った。
「知らねえのか? こいつがあの有名な――『ゴブリン狩りの偽剣聖』リアム様だよ。学生時代の仲間を皆殺しにしたって噂の臆病者さ」
その名が響いた瞬間、酒場の空気が凍りついた。
ルーカスの顔から血の気が引く。困惑と恐怖が入り混じった視線を僕に向け、やがて小さく頭を下げた。
「……すみません。知らなかったとはいえ、失礼を……」
そう言い残し、逃げるように去っていった。残ったのは冷たい視線と重い沈黙だけ。
ジャレッドは満足げに一歩近づき、口元を歪めた。
「まだ冒険者なんてやってたのか。てっきり田舎で剣術指南でもしてると思ってたが」
その言葉が、胸の奥に刺さった。
――血に濡れた仲間たちの顔。
――ダークエルフの、氷のような嘲笑。
『……殺す価値もない』
――あの時、自分の剣が鉛の塊のように重く感じた。絶望の感覚が、蘇る。
「……っ」
息が詰まり、思わず一歩後ずさる。
ジャレッドは鼻で笑い、踵を返した。
「おっと、失礼。どうやら主席様はオーガ狩りはお嫌いらしい。じゃあな」
笑い声を残して、彼らのパーティはギルドを出ていった。
僕も外へ出た。
あてもなく、王都の雑踏をさまよう。
本当の強さなど、もうない。
あの魔族に踏み砕かれた。
残っているのは、ゴブリンを狩るだけの偽りの力と、消えない忌み名だけ。
――そして、僕は東門へたどり着いた。
そこに、一人の老門番が立っていた。
『あんたの剣が、本当に守るべきものを見つけ、あんた自身の魂を守る盾となることを祈っている』
(……盾、だと? 僕の剣が……?)
僕は、門番に教えられた北の道を黙って歩き出した。
その言葉の意味はわからない。
だが、王都に居場所を失った僕にとって、それは唯一の、そして最後の道標のように思えた。




