『傭兵ボルグと二つの正義』 - 11
騒ぎが、ようやく静まった頃。
王都の地下牢獄は、血と、破壊の匂いに満ちていた。
ヴァレリウス伯爵は、その惨状を前に、忌々しげに顔を歪めると、鉄格子を力任せに叩いた。
「―――逃げられた、だと? 馬鹿者どもが!」
彼の怒声に、その場にいた衛兵たちは、ただ、震えながら平伏するしかない。
「あの石頭は何をしていた! 今すぐギデオンを呼べ!」
「そ、それが……」
衛兵の一人が、おずおずと一枚の羊皮紙を差し出した。それは、ギデオンの私室から見つかったものだという。
『―――真の主を探す故、お暇をいただく』
あまりにも簡素な書き置き。
「……あの、石頭が……!」
ヴァレリウスは、羊皮紙を怒りに任せてビリビリに引き裂いた。
その、時だった。
通路の奥の闇から、こつり、と。一つの靴音が響いた。
現れたのは、純白の法衣に身を包んだ少女、聖女セラフィナだった。
彼女は、まるで埃一つないかのように清廉な姿でヴァレリウスの前に立った。
その血のように赤い瞳が、ヴァレリウスをじっと見つめている。
「……セラフィナ、様」
さきほどまでの激情が嘘のように、ヴァレリウスの声は恐怖に震えていた。
「まあ、伯爵様。これは、一体どういうことですの? これでは、私が神の愛をお伝えする『儀式』の準備をしてきた意味が、ありませんでしたわ」
セラフィナは、心底残念そうにため息をついた。
ヴァレリウスは、床に頭をこすりつけんばかりの勢いで、必死に許しを乞うた。
「も、申し訳、ございません! しかし、ギデオンが裏切るとはワタクシめにも予想が付かず――」
ヴァレリウスがちらり、とセラフィナの様子を窺おうと顔を上げた、その瞬間。
「―――っ!?」
ヴァレリウスの耳たぶが、ちぎれて飛んだ。セラフィナの手にはいつの間にかナイフが握られている。
側近の衛兵の一人が、思わずセラフィナの肩を掴んだ。
「聖女様とはいえ、なんたる暴挙を……!」
セラフィナは天使のように微笑んだまま、振り向きもせず、そのナイフを衛兵の顎の下から脳天に向かって、深々と突き刺した。
「―――お黙りなさい」
衛兵は一言も発することなく、崩れ落ちた。
セラフィナはナイフに付着した血を、まるで汚物でも払うかのように、純白のハンカチで拭き取った。
彼女は耳を押さえて震えるヴァレリウスを、虫けらでも見るような目で一瞥した。
「……次は、ありませんわよ伯爵様」
それだけを言うと、彼女はすっと踵を返し、来たときと同じように音もなく闇の中へと消えていった。
ヴァレリウスは震える足で、ゆっくりと立ち上がった。
その顔は屈辱と、それを遥かに上回る純粋な恐怖で歪んでいた。
「……い、いつまで、そうしている!」
彼は残った衛兵たちに、ヒステリックな絶叫を浴びせた。
「一刻も早く、奴らの身柄を押さえろ! 王都の、全ての門を封鎖しろ! 鼠一匹、外へ出すな!」
【お知らせ】
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