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書籍化:門番の俺のスキルが【見送る】だけのゴミスキルだったので、真面目に定年まで勤め上げたら、いつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二部 第二章

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『傭兵ボルグと二つの正義』 - 9

 忘れられた水路は、閃光弾の残光と、舞い上がった土煙で満ちていた。

 体勢を立て直した騎士たちが、怒号と共に、蹴破られた鉄格子の向こうから現れた侵入者へと斬りかかる。


「下がるな! 囲んで叩け!」

 ギデオンの冷静な声が響く。

 だが、ボルグの動きは彼らの予想を遥かに上回っていた。

 彼は迫りくる騎士たちの剣を最小限の動きで受け流すと、その柄で鳩尾を打ち、的確に意識を奪っていく。


 あっという間に数人の仲間が昏倒させられ、残る騎士はギデオンを含め三人となった。

 ギデオンは静かに剣を抜き、ボルグと対峙した。

「……見事な腕だ。だが、貴様のような男がなぜ国の秩序を乱す」

「秩序だと?」

 ボルグが鼻で笑った。

「てめえらが守ってるのは秩序じゃねえ。腐った貴族の利権だけだ」

「黙れ。法を犯す者に正義を語る資格はない」

「その法が罪なき者を罰しているとしたら、どうする」

「……それもまた、法だ」


 睨みあう二人。

 どこかで鳴いたネズミの声が、静寂を破るきっかけとなった。

 キィン!と甲高い音を立てて、二人の剣が鍔迫り合いで停止する。

「その腕前……やはり貴殿、ボルグだな」

「さあな」

「ふん。――お前たち、イズミエールの独房へ向かえ!!」

 ギデオンが、背後の部下たちに命じた。

「はっ!」

 二人の騎士が、ボルグの脇をすり抜け、地下牢の奥へと駆けていく。


(……ちっ! やられた!)

 ボルグの表情に、初めて焦りの色が浮かんだ。

 もう時間を稼いでいる場合ではない。一刻も早くこの場を切り抜けねば。

 その焦りが、ボルグの剣を握る手にほんのわずか、余分な力を込めてしまった。

 常人には決して見抜けぬ、しかし、達人同士の戦いにおいては致命的となりうる力みの差。


 ギデオンは、見逃さなかった。


 ボルグが、渾身の力で剣を振り下ろす。

 ギデオンは、それを左腕の円盾で完璧な角度で受け流そうとした。

 ガギィン! という鋼が悲鳴を上げるような、これまでで最も重い衝撃音。


 ギデオンの盾は、ボルグの凄まじい一撃の威力を完全には殺しきれなかった。

 逸らされた剣の切っ先が、ギデオンの左足の鎧を火花と共に深く切り裂く。

 だが、ギデオンは怯まずボルグの肩口へ一閃。


 その切っ先が、ボルグの肩を深く抉った。


「ぐっ……!」


 ボルグは膝をつく。

 長剣が乾いた音を立てて、床に転がった。

 ギデオンの冷たい切っ先が、その喉元に突きつけられる。


「……終わりだ、侵入者」


 勝敗は決した。

 ギデオンがボルグに止めを刺そうと剣を振り上げた、その時だった。


 城の真上から。

 人々の悲鳴が、地鳴りのように轟いた。


「……何!?」


 ギデオンの視線が、一瞬だけ天井へと向けられる。


 その一瞬を。

 今度はボルグが見逃さなかった。

 彼は獣のような速度で動いた。

 床に転がっていた自らの長剣を拾い上げ、そのまま斬り上げる。


「なっ……!?」

(この深手で、なぜ動ける!?)


 ギデオンの反応が、動揺でコンマ一秒、遅れた。

 彼は咄嗟に盾を構えたが、ボルグの猛然とした一撃はその盾を凄まじい力で弾き飛ばす。

 がら空きになった胴体へ一閃。

 弾き飛ばされたギデオンが壁に激突。

 崩れ落ちた壁から這い出ようとした彼の喉元に、ボルグの冷たい切っ先がぴたりと突きつけられた。


「リーナのお節介に感謝だな」


 そう呟いたギデオンの足元に、空になった小さな薬瓶が、ことり、と転がっていた。

 リーナが、万が一のためとボルグに持たせたものだった。


(……なるほど、目を離した隙にポーションを肩に。やられたな)


「……私の、負けだ」


 ギデオンは苦笑し、敗北を認めた。


「イズミエールの独房へ、兵の薄いルートを教えろ」

「……この先を直進しろ。第三警備室の裏手が、手薄になっているはずだ」


 素直に道を教えるギデオンに、ボルグは訝しげな目を向けた。


「……どうやら俺が来ることは予想していたようだが。 なら、俺と繋がりがあるエルリック伯爵が、この水路の件を知っていることは理解していたはずだ。……陽動だと分かっていたんじゃないのか?」


 その問いに、ギデオンは答えなかった。


「……無駄話している場合か。もう時間が無いはずだ。行け」


 ボルグは、その答えに全てを察したようだった。


「……何が正しいのか、その石頭で少しは考えてみろ」


 それだけを言い残し、ボルグは部下たちが駆けていった地下牢の奥へと、足早に去っていった。


 一人、その場に残されたギデオン。

 彼は脇腹と切り裂かれた足の傷の痛みに耐えながら、ボルグの最後の言葉を反芻する。


「……何が、正しいのか――か」


 彼は騎士の象徴である、その堅牢な兜を脱いだ。

 そして少し逡巡した後、その兜を床に投げ捨てる。


 ――ガランといういう音が、地下通路内に虚しく響き渡っていった。

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