『少年カインと錆びぬ剣』 - 1
第3章まで読んでくれてありがとう!
第三章は、憎しみを抱えた少年の旅。
楽士エリアスが王都で小さな楽団を始めてから、季節は冬へと向かっていた。冷たい風が門を吹き抜け、行き交う人々の息も白く染まる。ヨハンのスキルレベルは、エリアスのような大きな転機を迎えた者を見送ったことで、少しずつ、しかし確実にその土台を固めていた。もはや彼のスキルを「ゴミ」と揶揄する同僚はいない。皆、口には出さないが、東門に立つこの寡黙な老人に、一種の敬意を払うようになっていた。
その日、門を訪れたのは、まだ声変わりも済んでいないような一人の少年だった。
歳は十四か、十五か。背には、その細い身体には不釣り合いなほど、使い込まれた長剣を背負っている。着ているものは粗末な旅装だが、その立ち姿には奇妙なほど隙がなく、まるで張り詰めた弓の弦のような緊張感が漂っていた。
だが、ヨハンが最も目を奪われたのは、その瞳だった。
凍てついた冬の夜空のような、昏く、そして底知れない憎しみの色。それは、あまりにも多くのものを失い、復讐だけを生きる糧にしてきた者の瞳だった。
「どこへ行く、坊主」
ヨハンが声をかけると、少年――カインは、獣のような鋭い視線でヨハンを睨みつけた。
「……あんたには関係ない」
吐き捨てるような、荒々しい声。その声に、ヨハンは眉一つ動かさなかった。彼はこれまで、数えきれないほどの旅人を見送ってきた。その中には、カインと同じような目をした者も、少なからずいた。
「南か。竜の顎山脈を越えるつもりなら、やめておけ。今の時期、山は吹雪で閉ざされる。お前さんのような子供が一人で越えられる場所じゃない」
「関係ないと言ったはずだ。俺の邪魔をするな」
カインは、腰の柄に手をかけ、威嚇するように殺気を放つ。並の門番なら、その気迫に気圧されて道を開けていただろう。だが、ヨハンは静かにその場に立ち続けていた。
「邪魔はしないさ。それが俺の仕事だ」
ヨハンは、カインの瞳の奥にある、憎しみだけではない、深い悲しみを読み取っていた。
「……ただ、一つだけ言わせてくれ。その剣は、見事な業物だ。だが、憎しみだけを糧にしていては、いずれ錆びつくぞ」
カインの表情が、初めて険しく歪んだ。
「……何が分かる。あんたのような、ここで安穏と暮らしているだけの老人に、俺の何が分かる!」
「何も分からんさ。だがな、坊主。俺は、お前さんのような目をした若者が、その憎しみの果てに、何も見つけられずに朽ちていくのを、この場所で何度も見てきた」
ヨハンの言葉は、まるで静かな雨のように、カインの荒れ狂う心に染み込んでいく。カインは、ギリ、と奥歯を噛みしめ、何も言えずに俯いた。
ヨハンは、それ以上何も言わなかった。ただ、いつもと同じように、しかし、その奥底に、これまでとは違う種類の、痛切な祈りを込めて、言った。
「お前の剣が、いつか、誰かを守るために振るわれることを祈っている。……いってらっしゃい」
カインは、弾かれたように顔を上げた。その瞳には、一瞬だけ、憎しみ以外の色――戸惑いが浮かんでいた。
だが、彼はすぐにそれを振り払うように踵を返し、吹雪の舞う南の道へと、駆け出すように去っていった。
その小さな背中が、雪の中に消えていくのを見届けながら、ヨハンは重いため息をついた。
脳裏に響く、いつもの声。
《スキル【見送る者】が発動しました。対象者カインに、祝福『携えた剣が、ほんの少しだけ錆びにくくなる』を付与しました》
錆びぬ剣、か。
ヨハンは、カインが向かった南の空を見上げた。厚い雪雲が、空を覆っている。
あの少年の旅が、ただ憎しみを遂げるだけの道行きで終わらないことを、彼はただ、願うことしかできなかった。
なんかみんな見に来てくれているので、今日は3本投稿だ!徹夜だ!泣