表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍化:門番の俺のスキルが【見送る】だけのゴミスキルだったので、真面目に定年まで勤め上げたら、いつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二部 第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/97

『薬師リーナと賢獣の遺志 』- 1

 ヨハンの日常は、変わらない。

 日の出と共に東門を開け、石畳を掃き清める。昇る朝日が、王都の城壁を黄金色に染め上げるのを眺め、日が暮れれば、重い閂を掛ける。

 同じことの繰り返し。だが、全く同じ一日というのは、不思議と一度もなかった。


 石畳の摩耗は、八年前より少しだけ深い。城壁を覆う蔦は、あの頃より二階分は高く伸びている。そして、ヨハン自身の腰もまた、あの頃より少しだけ、深く曲がるようになった。

 八年。

 彼が、薬師見習いの少女を見送ってから、それだけの歳月が流れていた。


「よう、ヨハンさん。今日もご苦労さん」

 巡回の衛兵が、声をかけてくる。八年前はまだ新米だった彼も、今では分隊を率いる顔つきになっていた。


「ああ」


 ヨハンは、短く応える。


「そういや、あんたに見送ってもらった隊商、西の国との交易でがっぽり儲けて帰ってきたらしいぜ。やっぱり、ここは『幸運の門』だな」


 衛兵は、そう言って笑う。

 いつからか、この東門はそう呼ばれるようになっていた。ここから旅立った者には、幸運が訪れる、と。ヨハンは、その噂に肯定も否定もせず、ただ黙って箒を動かすだけだった。幸運などではない。旅人たちが、自らの足で掴み取った結果だ。自分は、ただそれを見送ったに過ぎない。


 昼下がり、掃き掃除の手を休め、ヨハンは、ふう、と息をついた。


(……最近、顔を見せに来ないな)


 彼が思い出していたのは、八年前に見送ったあの薬師の少女のことだった。

 リーナ。


 彼女は、妹を救うという大役を果たした後も、年に数回は滋養強壮の薬だと言って、この東門まで顔を見せに来てくれていた。その隣で、妹のアリスが元気に笑う姿を見ることが、ヨハンにとっては何よりの喜びだった。

 だが、ここ一年ほどその足はぱったりと途絶えている。


(……師匠の店が、忙しいのだろうか。それとも、何かあったのだろうか)


 ちくり、と胸に小さな疼きが走る。

 それは、旅人が帰還した時のあの温かい感覚とは違う。

 遠くで、何かが軋むような不吉な胸騒ぎ。

 彼は、自らの内に宿るスキルに意識を向けた。


 【遠き旅人への祝福】


 これまで、使う必要を感じたことは一度もなかった。見送った旅人たちは皆、自らの力で道を切り拓いていくはずだからだ。


 だが、今彼はどうしようもなく、あの少女へ祈りを届けたい衝動に駆られていた。


 ヨハンは、静かに目を閉じた。

 思い浮かべるのは、最後に見たリーナの姿。


(リーナ、どうか達者で)


 強い願いと共に、自らの内から、温かい何かが、見えない糸を伝って、遠くへと送られていくのを感じた。


《ピーン! 遠き旅人へ、あなたの祈りが届きました》

《スキル【見送る者】が発動しました。対象者リーナに、祝福**『薬草を量る天秤が、ほんの少しだけ狂いにくくなる』**を付与しました》


 脳内に静かな声が響く。

 ヨハンは、ゆっくりと目を開けた。胸の疼きはまだ消えない。

 彼は、西の空を見上げた。

 まだ陽の高い時間だというのに、空の果てがまるで墨汁を垂らしたかのように、じわりと暗く淀んでいた。

第13回ネット小説大賞で、GAノベル様より書籍化が確定致しました。


未だに信じられていませんが、どうやら本当らしいです。

これもすべて、応援いただいた皆様のおかげです。

本当に、ありがとうございます。心より感謝申し上げます。


書籍版には、本編では書けなかったいくつかのショートストーリを載せたいと考えております。


もし読みたいエピソードがありましたら、Xやコメント欄で教えて頂けると幸いです。


では、今後ともヨハンの旅路をよろしくお願い致します。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
え?え?書籍化? それは素晴らしいことですにゃ♪ by東門でたむろしてる『茶トラ猫』(⌒-⌒; ) ※なんてね、猫ちゃんは出ませんけど。 猫「にゃァァァァ。゜(゜´Д`゜)゜。」 ※泣いてもダメだよ?…
書籍化おめでとうございます♪ ヨハン爺さんの脳裏に、一体どれだけ多くの人々の顔が刻まれているのでしょうか。その数だけ、人々が確かな幸せをその胸に感じられているのなら…。 8年か。少女が大人の女性になる…
おめでとうございます! リーナちゃんのお話嬉しいです。祈りが遠くに届くの素敵です!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ