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書籍化:門番の俺、スキル【見送る】でいつの間にか国を救っていた件  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第十五章

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『衛兵トビーと父の遺志』 - 7

 衝撃音。

 だが、トビーの身体に痛みはなかった。

 彼がおそるおそる目を開けると、信じられない光景がそこにあった。

 「グァァアアアア!!」

 ゴブリンが眉間に短剣を突き立てられ、苦悶の声を上げて後ずさっている。

 そしてトビーの傍らに、いつの間にかレノーアが立っていた。


「……な……」

「……今回だけ特別よ、人間」

 その表情は、相変わらず氷のように冷たい。

 だがトビーは何故か、微かな温かみを感じた気がした。


「……ぐ……ぎ……あああああッ!」

 その言葉を遮るように、ゴブリンが絶叫した。

 ゴブリンは、眉間の短剣を自らの手で乱暴に引き抜いた。


「あの傷でもまだ死なないのか? でも、さすがに時間の問題だ」

 しかし、レノーアは戦闘態勢を崩すことなくつぶやく。

「いえ、まだよ」


 レノーアの視線のその先で、ゴブリン傷口から、血の代わりにおびただしい数の赤い触手(あかいしょくしゅ)のようなものが溢れ出し、その身体に絡みついていった。筋肉が、骨が、軋みを上げて、その姿をより巨大で、凶悪なものへと変えていく。


「……なるほど。あれが『核』か」

 レノーアが静かに呟いた。

「あれを仕留めない限り、この襲撃は終わらない」

「あれが、今回の元凶……」

「下がってて。私がやるわ」

 だが、トビーはその言葉に逆らうように一歩前に出る。

「……俺が、やります」

「……何?」

 トビーの足は、まだ微かに震えている。だが、その瞳にもう迷いはなかった。

「俺が、奴の足止めをします。その隙に決めてください」

「……分かったわ」

 レノーアは、短くそう答えた。


 トビーは再び盾を構え、変容した『核』へと対峙した。

「おおおおおおっ!」

 雄叫びを上げ、彼は『核』へと突進する。

 『核』は、無数の触手を槍のように束ね、鋭い速度でトビーへ強襲させる。

 彼は、全身全霊の力を込めて、その一撃を盾で受け止めた。

 ゴッ、と骨まで砕くような衝撃。

 彼の盾に蜘蛛の巣のようなひびが入り、砕け散る。

 衝撃が彼の全身を駆け巡る。内臓が破裂するかのような激痛が走る。

 だが、彼は立っていた。

 膝は折れていない。

 そのほんの一瞬。

 『核』の動きが、確かに止まった。


 その一瞬を。

 レノーアは見逃さなかった。

 緑色の閃光が地を駆ける。

 四方に広がった触手がレノーアに襲い掛かる。

 閃光と化したレノーアが触手の隙間を縫うように駆ける。触手がレノーアの頬を掠め、血の花が咲いた。が、レノーアは意に介さない。

 レノーアは速度を落とさず『核』の中心に迫る。

 そして、心臓部を正確にナイフを突き立てた。

 『核』は、断末魔の叫びを上げることなく、その巨体を維持できなくなったかのように、泥へと還っていった。


 司令塔を失った魔物の群れは統率を失い、ただの烏合の衆と化した。残りは、駆けつけてきた町の衛兵たちが、難なく掃討していく。


 トビーは緊張の糸が切れ、その場に膝から崩れ落ちて地面に横たわった。

 遠のく意識の中、レノーアが自分の元へと歩み寄ってくるのが見える。

「まったく、弱いくせに無茶をする。……だが、見直した」

 その声には、いつものとげとげしさがなくなっていた。

 トビーは、「らしくないですね」と言おうと思ったが、僅かに口が動いただけで、声にならなかった。


 彼女の手がすっと延ばされ、そっとトビーの頬に触れる。

 (……温かい……)

 それが、トビーが闇に落ちる前に感じた、最後の感覚だった。

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